屋台街で円なってビールを飲んでいるハードコア集団。
(文中のハードコアは全てハードコアミュージックのこと)
恐る恐る近づき、そのうちの一人に話しかけた。
僕が大好きなバンド、TragedyのT-shirtsを着ていたからだ。
例えばJazzファンなど見た目で判断はつかない。
だがハードコアは簡単だ。T-shirtsを見ればわかる。
突然の珍客に皆の空気が止まったが、すぐに仲良くなり、
会話が盛り上がり、気がつけば酔っ払っていた。
タイ人が一人混ざっていた。
顔つきはマレー人とさほど変わらないが、
テーブルの上のビール大瓶6本はほぼ一人で空けたらしい。
タイから遊びにきた彼を迎えての宴会といった感じだ。
ハードコアはリスナー人口が極めて少ないため、
好きなバンドを二つ三つ挙げればすぐに仲間だと認められる。
日本はアジアで一番古くからハードコアシーン(ハードコアバンドとリスナー、その文化)が存在し、
日本のバンドは海外でもかなり有名になっている。
どのバンドが解散しただの何枚目のアルバムが最高だの、
そんな話をしているだけで大盛り上がりだ。
ハードコアの連中は、音楽では食えないと分かっていて、
音楽を生活の中心に置いている。それ程音楽が好きだ。
自分も地元ではハードコアバンドの活動に参加していたので、
気持ち的にもかなり共通する部分がある。
彼らは稼いだお金で雑誌を作ったり、レコードを作ったりしている。
(いまだに本当にCDでなくレコードを作ったりしている。)
そして自費で海外にツアーに出たりする。
日本のバンドもかなり東南アジアに来ていると初めて知った。
何年も前に僕がインタビューをとったバンドも来たそうだ。
音楽で儲けようとする気持ちがない。
音楽に対する姿勢は凄くピュアだ。
楽しいから音楽をやっている。
友達の一人に連れられて、色々な友達の家に行った。
行く先々でデモテープやら、CDやらをくれる。
そして飲み、酔い、ひたすらハードコアを聞く。
最高に楽しい時間だ。
日本で友達と遊んでいるのと全く一緒の雰囲気だった。
何の違いもない。仲良くなれば、どこだってやることは一緒だ。
クアラルンプールの滞在はドミトリーからその友達の家になった。
8人くらいでアパートをシェアしている。
しょっちゅう友達がやってきて滞在しているようだ。
彼らのほとんどは生粋のマレー系マレーシア人だ。
だが、イスラムの雰囲気は全く感じないし、礼拝もしない。
禁止されている酒も飲む。
マレー人はイスラム教でなければいけないという決まりがあるらしい。
だが、彼らはそれをことごとく無視する。
生まれながらにして宗教が決まっているなんて馬鹿らしいと言っていた。
若者の感覚はそういうものだと思う。
全員が宗教的であるはずがない。
宗教的な儀式や文化に感銘を受けるのは、
自分がそこに居ないからだ。入りこんでいるわけではない。
ただ、旅行をしながら眺めているだけなのだ。
マレーシアのハードコアシーンを通して、
マレーシアのカウンターカルチャーに触れた。
ガイドブックや教科書には載らない文化。
その国の文化は一概には言えない。
マレーシアを離れる前日、ハードコアのライブに行った。
そこにいる面々の半分くらいはこの4日間で見たことのある顔だ。
シーンは東京のそれと比べるとだいぶ小さく、繋がりは濃密だ。
ライブが終わってからも場所を屋台に変え、遅くまで夜を楽しんだ。
次の日は午前中のバスでシンガポール入り、
むくんだ顔と充血した目、ひどい二日酔いでの出入国審査となった。
KLHC(クアラルンプールハードコア)
マレーシアの首都、クアラルンプール。
まず名前が素敵だ。
意味は「泥が合流する場所」ということだが、
それより何より響きが好きだ。
人は皆、省略してKLと呼ぶが、
そうすると不思議と都会的な雰囲気に聞こえる。
この街の安宿はバックパッカーの間で、
南京虫の巣窟として悪評が高く、
僕は初め、ここをスルーしてマラッカへ行った。
ラオスの首都ビエンチャンの宿で全身を南京虫に噛まれ、
軽いトラウマになっていたからだ。
だが、マラッカに居る間にKLをスキップするのが勿体無い気がして、
一度北上してKLに戻ることにした。
到着したら雨が降っていた。
雨の中折りたたみ傘を開いたら、
骨組みは何箇所も折れているし、
傘を突き破って骨が見えている。
街も人も少し都会的で、
貧乏旅行ルックが少し恥ずかしかった。
もうどこでもいいからゲストハウスに入りたいと思って、
初めて見つけたゲストハウスに入ろうとしたが、
看板を見ると南京虫の巣窟として名前が挙がっていた宿だった。
まるで引き寄せられたようだが、そんな運命は僕は信じない。
降りしきる雨の中、壊れた傘を差して路上を行く。
雨の中の宿探しは修行だ。
宿探しは大抵いつでも修行だ。
ようやく宿が見つかり、荷物を降ろす。
南京虫は夜に現れるので、出ないことを祈る。
宿には3人の日本人客が居て、その各々が世界一周中だそうだ。
日本人旅行者は世界各国に散らばっている。
ヒッピー文化の時代から欧米人に混ざってバックを担いできた日本人。
主要な観光地にいけば英語の次くらいに日本語が幅をきかす。
場合によってはうっとおしい程店員や詐欺師が日本語で話しかけてくる。
チャイナタウンはまがい物の嵐だ。
大抵どの国のチャイナタウンもそうだ。
時計や香水、バッグなど偽ブランド物がずらりと並ぶ。
店員が僕の腕を掴んでまで買わせようとするが、
腕を掴まれて買うような客がいるんだろうか?
屋台も沢山出ているが、やはり安くてうまい。
東南アジアの屋台飯は最高だ。
ペトロナスツインタワーに行ってみる。
何年か前まで世界一の高さだったはずだが、
台湾や中東の国に抜かれている。
自国の経済力をタワーの高さで競い合うのはどうかと思う。
完全に見栄の張り合いだ。
夜になると、タワー全体がライトアップされる。
凄くきれいだが、このライトを消して路上生活者に暖かいご飯でも、
とか変なことを同時に考えてしまう。
ブキ・ビンタンというエリアは、KLの中でもかなり都会的なエリアだ。
チャイナタウンとは違って本物のブランドショップが立ち並ぶ。
僕には全く用事のないエリアだが一応歩いてみると、
やはり少しよそよそしい感じになる。
このよそよそしい感じ、居心地の悪い感じが僕は嫌いではない。
何か違う世界に紛れ込んだような気分になる。
ただ、店に入るまでの興味はないので素通りして終わる。
一本違う通りに入ると、そこは屋台街だった。
これはいい。ちょうどお腹もすいた。
サテー(マレー風焼鳥)をつまみにビールを飲み、腹も気分も満たされる。
さて、プラプラ帰ろうかなと思って歩き始めると、
何だか異様な雰囲気の、8人くらい、全員が黒いT-shirtsの集団が店先で談話している。少し危ない気配だ。
遠くからはギャングにも見える。
腕には立派な刺青が目立つ。
だが、何かしら共通するもの、匂いを感じ、近づいてみた。
すると、黒いT-shirtsは全て、バンドT-shirtsだったのだ。
しかも、僕が高校生の頃から夢中で聴いていた、ハードコアという類のものだ。
例えばJazzファンなど見た目で判断はつかない。
だがハードコアは簡単だ。T-shirtsを見ればわかる。
思わずそのうちの一人に話しかけた。
これが、東南アジアハードコアとのファーストコンタクトだ。
ここから約1ヶ月、シンガポール、インドネシアへとハードコアトリップが始まる。その始まりはここ、クアラルンプールのブランド街の、
一本隣の屋台街であった。
都会的なモスク
ペトロナスツインタワー
まず名前が素敵だ。
意味は「泥が合流する場所」ということだが、
それより何より響きが好きだ。
人は皆、省略してKLと呼ぶが、
そうすると不思議と都会的な雰囲気に聞こえる。
この街の安宿はバックパッカーの間で、
南京虫の巣窟として悪評が高く、
僕は初め、ここをスルーしてマラッカへ行った。
ラオスの首都ビエンチャンの宿で全身を南京虫に噛まれ、
軽いトラウマになっていたからだ。
だが、マラッカに居る間にKLをスキップするのが勿体無い気がして、
一度北上してKLに戻ることにした。
到着したら雨が降っていた。
雨の中折りたたみ傘を開いたら、
骨組みは何箇所も折れているし、
傘を突き破って骨が見えている。
街も人も少し都会的で、
貧乏旅行ルックが少し恥ずかしかった。
もうどこでもいいからゲストハウスに入りたいと思って、
初めて見つけたゲストハウスに入ろうとしたが、
看板を見ると南京虫の巣窟として名前が挙がっていた宿だった。
まるで引き寄せられたようだが、そんな運命は僕は信じない。
降りしきる雨の中、壊れた傘を差して路上を行く。
雨の中の宿探しは修行だ。
宿探しは大抵いつでも修行だ。
ようやく宿が見つかり、荷物を降ろす。
南京虫は夜に現れるので、出ないことを祈る。
宿には3人の日本人客が居て、その各々が世界一周中だそうだ。
日本人旅行者は世界各国に散らばっている。
ヒッピー文化の時代から欧米人に混ざってバックを担いできた日本人。
主要な観光地にいけば英語の次くらいに日本語が幅をきかす。
場合によってはうっとおしい程店員や詐欺師が日本語で話しかけてくる。
チャイナタウンはまがい物の嵐だ。
大抵どの国のチャイナタウンもそうだ。
時計や香水、バッグなど偽ブランド物がずらりと並ぶ。
店員が僕の腕を掴んでまで買わせようとするが、
腕を掴まれて買うような客がいるんだろうか?
屋台も沢山出ているが、やはり安くてうまい。
東南アジアの屋台飯は最高だ。
ペトロナスツインタワーに行ってみる。
何年か前まで世界一の高さだったはずだが、
台湾や中東の国に抜かれている。
自国の経済力をタワーの高さで競い合うのはどうかと思う。
完全に見栄の張り合いだ。
夜になると、タワー全体がライトアップされる。
凄くきれいだが、このライトを消して路上生活者に暖かいご飯でも、
とか変なことを同時に考えてしまう。
ブキ・ビンタンというエリアは、KLの中でもかなり都会的なエリアだ。
チャイナタウンとは違って本物のブランドショップが立ち並ぶ。
僕には全く用事のないエリアだが一応歩いてみると、
やはり少しよそよそしい感じになる。
このよそよそしい感じ、居心地の悪い感じが僕は嫌いではない。
何か違う世界に紛れ込んだような気分になる。
ただ、店に入るまでの興味はないので素通りして終わる。
一本違う通りに入ると、そこは屋台街だった。
これはいい。ちょうどお腹もすいた。
サテー(マレー風焼鳥)をつまみにビールを飲み、腹も気分も満たされる。
さて、プラプラ帰ろうかなと思って歩き始めると、
何だか異様な雰囲気の、8人くらい、全員が黒いT-shirtsの集団が店先で談話している。少し危ない気配だ。
遠くからはギャングにも見える。
腕には立派な刺青が目立つ。
だが、何かしら共通するもの、匂いを感じ、近づいてみた。
すると、黒いT-shirtsは全て、バンドT-shirtsだったのだ。
しかも、僕が高校生の頃から夢中で聴いていた、ハードコアという類のものだ。
例えばJazzファンなど見た目で判断はつかない。
だがハードコアは簡単だ。T-shirtsを見ればわかる。
思わずそのうちの一人に話しかけた。
これが、東南アジアハードコアとのファーストコンタクトだ。
ここから約1ヶ月、シンガポール、インドネシアへとハードコアトリップが始まる。その始まりはここ、クアラルンプールのブランド街の、
一本隣の屋台街であった。
都会的なモスク
ペトロナスツインタワー
4/14
週末になると、マラッカでは金土日の3日間、
夕方からチャイナタウンの大通りを歩行者天国にして、
大きなナイトマーケットが開催される。
ナイトマーケットは、アジアの、世界の至る所で繰り広げられている。
そしてそれらはいつも熱気に包まれている。
日本のお祭りの感覚だ。
タイのカオサンなんか毎日お祭りだ。
アジアはいつでも騒がしい。
それがなんともアジアらしくて好きだ。
日本も同じアジアだし、一億以上もの人間がいるが、
東南アジアの国々の方が随分騒がしく感じる。
熱気と活気が半端ではない。
物凄い人が集まっている。
半分くらい観光客だろうか。
さすがチャイナタウン、中華系の人がかなり多い。
通りを埋め尽くす人の中で、
半裸で裸足、顔の半分にだけ口髭、あご髭を生やした、
国籍不明の男がこっちに歩いてくる。
僕と目が会うと、
「コンニチワ、アミーゴ!」
と声を掛け、そのまま人の波に消えていった。
マラッカに変な奴が紛れ込んでるなと思ったら、
後ろから同じような奴がもう一人。
やはり紛れ込んではいない。
半裸も裸足も彼らの他にはいない。
一通り歩いてさあ帰ろうかと思ったらまた彼らを発見。
彼らはアクセサリー屋を出していた。
各地を旅しながらアクセサリーを作って売り歩いている、
メキシコ人の二人組だった。
メキシコや各地で仕入れた石を使っていて、
ちょっと変わったデザインでオリジナリティを感じる。
「真似されることは良くある。けど、真似されたらまた新しいのを考えればいいんだよ。大切なのはイマジネーションさ。」
と言っていた彼らが少し格好良くみえた。
気に入った石のアクセサリーが会ったので一つ購入すると、
今夜セッションのパーティーがあるので一緒に行こうということになった。
夜11時頃、道に広げたアクセサリーを片付けて会場に行く。
歩きがてらかなりの地元民に声をかけられていたから、
この辺りで有名人になっているのかもしれない。
会場はゲストハウスの裏庭のような所だった。
世界各国のバックパッカーとマレーシア人が、
合わせて15人くらい集まっていたが、
皆みるからに個性豊かだった。
男で化粧している人もいる。
ワインを皆で回して飲む。
皆がその時のその音を楽しんでいる。
深夜過ぎにはパーティーをお開きにして、
何人かで深夜のマラッカに繰り出した。
街はだいぶ静かになったが、
まだ開けているお店には人が集まっている。
またそこで飲み始めた。
今日は終わらない一日になりそうだ。
そこでひとしきり騒ぐと閉店の時間になり、
今度は川でセッションしようということになった。
みんな足元がフラフラだ。
皆凄い酔ってるな、と思う自分が一番酔っているケースだ。
川沿いの空地でまた音遊びが始まる。
川幅10メートルの反対岸には人が集まりはじめ、
ちょっとした観客の前での演奏になった。
夜が長く尾を引いてゆっくりと明けていく。
次の日もまたナイトマーケットに繰り出し、
昨日知り合った仲間と同じようにして遊んだ。
2日目はもっと深いところで遊んだ。
みんな足元がフラフラだ。
そうこうしている内に、マラッカでの1週間が過ぎて行った。
食べ歩きに夜遊びに、マラッカを満喫した。
1週間同じ街をうろつけば、街に愛着もわく。
夜に到着したマラッカ、最初は右も左も分からないが、
気が付けば頭の中に地図が出来上がっている。
気が付けば、マラッカのことが好きになっている。
ゆっくりと旅をしていると、色々な街が好きになる。
トルコのイスタンブール、モロッコのシャウエン、
ポルトガルのリスボン、ネパールのナガルコット、
インドのリシケシ、好きな街は挙げてもキリがないが、
頭でイメージすればいつでも僕はそこに行くことができる。
世界中にそんな街が増えて行くのが、すごく幸せだ。
インドのリシケシなんて2ヶ月以上も居たので、
どこの八百屋の野菜が安くて新鮮かも知っている。
何処かで暮らすということはその街と共に生きるということだ。
何年も暮らせば、交差点一つとっても愛おしく思える。
群馬でも屋久島でも東京でも、例えバンコクで暮らしても一緒だ。
好きな店や好きな街角、好きな景色がそこに必ずある。
旅をしていて淋しい気持ちになるのは、その街を去るときだ。
本当はもっと居たいという気持ちと、知らない次の街に行きたいという気持ちが、
いつもない交ぜになる。
この旅が終わったら、何処かで暮らしたい。
何処かで暮らすのは当たり前かもしれないが、
旅を続けてきて、何処か一箇所で暮らしを営みたい願望が強くなった。
その暮らしまでイメージして、妄想して旅を続けている。
この旅も終わりが段々と近付いて来ているが、
日本に帰りたくないなんて気持ちは無いし、
その先の生活が楽しみでもある。
僕は日常が好きだ。日常がつまらないとは思わない。
リシケシで出会った50歳過ぎのドイツ人が、日本語で、
「ジンセイハオモシロイ!」と満面の笑みで話していた。
何歳になってもそんなことを言っていられる人間でいたい。
さて、次の街はクアラルンプール。
コタバル、ペナン、マラッカと続いてきた、
マレーシアの旅の最終地点へ。
中華街入口
ナイトマーケット
トライショー
仲間たち
週末になると、マラッカでは金土日の3日間、
夕方からチャイナタウンの大通りを歩行者天国にして、
大きなナイトマーケットが開催される。
ナイトマーケットは、アジアの、世界の至る所で繰り広げられている。
そしてそれらはいつも熱気に包まれている。
日本のお祭りの感覚だ。
タイのカオサンなんか毎日お祭りだ。
アジアはいつでも騒がしい。
それがなんともアジアらしくて好きだ。
日本も同じアジアだし、一億以上もの人間がいるが、
東南アジアの国々の方が随分騒がしく感じる。
熱気と活気が半端ではない。
物凄い人が集まっている。
半分くらい観光客だろうか。
さすがチャイナタウン、中華系の人がかなり多い。
通りを埋め尽くす人の中で、
半裸で裸足、顔の半分にだけ口髭、あご髭を生やした、
国籍不明の男がこっちに歩いてくる。
僕と目が会うと、
「コンニチワ、アミーゴ!」
と声を掛け、そのまま人の波に消えていった。
マラッカに変な奴が紛れ込んでるなと思ったら、
後ろから同じような奴がもう一人。
やはり紛れ込んではいない。
半裸も裸足も彼らの他にはいない。
一通り歩いてさあ帰ろうかと思ったらまた彼らを発見。
彼らはアクセサリー屋を出していた。
各地を旅しながらアクセサリーを作って売り歩いている、
メキシコ人の二人組だった。
メキシコや各地で仕入れた石を使っていて、
ちょっと変わったデザインでオリジナリティを感じる。
「真似されることは良くある。けど、真似されたらまた新しいのを考えればいいんだよ。大切なのはイマジネーションさ。」
と言っていた彼らが少し格好良くみえた。
気に入った石のアクセサリーが会ったので一つ購入すると、
今夜セッションのパーティーがあるので一緒に行こうということになった。
夜11時頃、道に広げたアクセサリーを片付けて会場に行く。
歩きがてらかなりの地元民に声をかけられていたから、
この辺りで有名人になっているのかもしれない。
会場はゲストハウスの裏庭のような所だった。
世界各国のバックパッカーとマレーシア人が、
合わせて15人くらい集まっていたが、
皆みるからに個性豊かだった。
男で化粧している人もいる。
ワインを皆で回して飲む。
皆がその時のその音を楽しんでいる。
深夜過ぎにはパーティーをお開きにして、
何人かで深夜のマラッカに繰り出した。
街はだいぶ静かになったが、
まだ開けているお店には人が集まっている。
またそこで飲み始めた。
今日は終わらない一日になりそうだ。
そこでひとしきり騒ぐと閉店の時間になり、
今度は川でセッションしようということになった。
みんな足元がフラフラだ。
皆凄い酔ってるな、と思う自分が一番酔っているケースだ。
川沿いの空地でまた音遊びが始まる。
川幅10メートルの反対岸には人が集まりはじめ、
ちょっとした観客の前での演奏になった。
夜が長く尾を引いてゆっくりと明けていく。
次の日もまたナイトマーケットに繰り出し、
昨日知り合った仲間と同じようにして遊んだ。
2日目はもっと深いところで遊んだ。
みんな足元がフラフラだ。
そうこうしている内に、マラッカでの1週間が過ぎて行った。
食べ歩きに夜遊びに、マラッカを満喫した。
1週間同じ街をうろつけば、街に愛着もわく。
夜に到着したマラッカ、最初は右も左も分からないが、
気が付けば頭の中に地図が出来上がっている。
気が付けば、マラッカのことが好きになっている。
ゆっくりと旅をしていると、色々な街が好きになる。
トルコのイスタンブール、モロッコのシャウエン、
ポルトガルのリスボン、ネパールのナガルコット、
インドのリシケシ、好きな街は挙げてもキリがないが、
頭でイメージすればいつでも僕はそこに行くことができる。
世界中にそんな街が増えて行くのが、すごく幸せだ。
インドのリシケシなんて2ヶ月以上も居たので、
どこの八百屋の野菜が安くて新鮮かも知っている。
何処かで暮らすということはその街と共に生きるということだ。
何年も暮らせば、交差点一つとっても愛おしく思える。
群馬でも屋久島でも東京でも、例えバンコクで暮らしても一緒だ。
好きな店や好きな街角、好きな景色がそこに必ずある。
旅をしていて淋しい気持ちになるのは、その街を去るときだ。
本当はもっと居たいという気持ちと、知らない次の街に行きたいという気持ちが、
いつもない交ぜになる。
この旅が終わったら、何処かで暮らしたい。
何処かで暮らすのは当たり前かもしれないが、
旅を続けてきて、何処か一箇所で暮らしを営みたい願望が強くなった。
その暮らしまでイメージして、妄想して旅を続けている。
この旅も終わりが段々と近付いて来ているが、
日本に帰りたくないなんて気持ちは無いし、
その先の生活が楽しみでもある。
僕は日常が好きだ。日常がつまらないとは思わない。
リシケシで出会った50歳過ぎのドイツ人が、日本語で、
「ジンセイハオモシロイ!」と満面の笑みで話していた。
何歳になってもそんなことを言っていられる人間でいたい。
さて、次の街はクアラルンプール。
コタバル、ペナン、マラッカと続いてきた、
マレーシアの旅の最終地点へ。
中華街入口
ナイトマーケット
トライショー
仲間たち






