AC治療終了からこの1年の間にあったこと。(ダイジェスト編) | 30代・シングル女子の乳がんな非日常。

30代・シングル女子の乳がんな非日常。

元気が取り柄の30代独身OL。
2015年1月、しこりもないのに乳がんと診断され、自覚症状ないまま全摘手術&16ヶ月間の抗がん剤治療後、二次再建。
治療ひと段落して始めた婚活からの、結婚しました!

ブログ再開記念?に、更新をサボってたこの12ヶ月間の主なできごとを振り返ってみました。

旗分子標的薬の投薬
  3週間に1回、12ヶ月間点滴に通いました。
 鼻血はよく出しましたが副作用はACよりも断然軽く、比較的通常通りの生活ができました。

旗仕事を通常モードに
 AC期間中は、上司に相談して残業と営業活動をセーブさせてもらっていましたが、外出営業あり、残業あり、の生活に戻りました。

旗よく遊んだ
 体調への不安がかなり軽くなり、国内外の旅行にたくさん出かけました。外食も増えたし、時には夜遊びも。
 一度きりの人生、やりたいことは今やらないと!って思ってたら、結果病気になる前より出かけまくっていました。

旗病気のことを明るく話せるようになった
 診断から手術前後、抗がん剤スタートからAC治療が落ち着くまではなかなかできなかった友達や同僚へのカミングアウトができるようになりました。
 自分から進んで話すことはなかったけれど、髪の毛のことを聞かれたきっかけなどで「実はこれヅラでねー…」と、普通風に話せるようになりました。
 明るく話しすぎて、「もう治ったの?」「初期なんでしょ、よかったね」って言われると心境複雑ではありましたが。

旗好きな人ができた
 出かける機会が増え、出会いもあり、好き、と思える人ができました。あ、でも実らずでしたが。
 好きな人に病気のことを打ち明ける、というハードルを経験したことは大きな一歩かなぁ…

旗髪の毛が生えてきた
 AC治療が始まって1週間で、手ぐしと枕につく脱毛量に驚いて速攻スキンヘッド(もみあげだけ残し)にしましたが、分子標的薬では脱毛の副作用が出なかったので髪の毛が生えてきました。しかも、くるっくるのくせ毛が。ヅラ中にもかかわらず、自宅で鏡に映る自分の姿に愕然とし(完全なるパンチパーマのおっさん)、髪をかなり明るい茶髪に、染めました。

旗ヅラ卒業
 友人も驚くほど髪の毛が伸びるのが遅いタチなのですが、比較的緩い職場で帽子姿通勤を許容してもらっていたので、AC終了後7ヶ月間でヅラとお別れしました。まだまだ帽子は手放せませんでしたが。
 病気のことを理解しつつ、私に似合うおしゃれでファンキーなベリーショートを提案し、毛の成長を一緒に楽しんでくれた素敵でかわいらしいヘアスタイリストさんに心から感謝。

・・・こんな感じでしょうか。

実は、日々のボヤキや感情の吐き出しはTwitterに移行していたのもBlogが止まっていた要因のひとつで。

いろんな気持ちや写真は記録しているので、そちらは遡りブログを頑張って更新したいと思います。

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