連日、近隣の貧しい村や貧しい村にある学校に出かけて、シンガポールのチームと募金で購入した日用品などを配給する。相変わらず実に貧しい村々ばかりだ。井戸があればまだよい方で、水場のない場所では水瓶の雨水が貴重。衛生面が劣悪な環境で栄養もたりない。

その影響だろうか、ある日訪れたトンレイサップ湖に向かう途中の集落で目の周りに涙を一杯溜め、目の見えいなそうな子どもに出会う。配給品を持ってきた私たちのバンの周りに人だかりができる。その時、その子供の父親が私にすがるように、息子の目を指し何か必死に訴えた。父親の必死な姿が私の脳裏に焼きついた。

今回の集落は全部で30件程度の小さな集落だ。平等に全家庭に支給品を配給可能。前回学んだ通り、「一軒、一軒うかがいますから、ご自宅でお待ち下さい」と村民の方々にガイドが伝える。

2人1組に別れて、それぞれ担当物資を持ち配り始める。今回の家々も貧しいが、他の集落とは違って木と葉っぱで高床式に作られている。ここは湖が近いため、水位が上がると高床式でないと沈んでしまうからだそうだ。

この村で顕著だったのが、健康を害している人の率が多かったことだ。先ほどの失明しかけている少年を含めて、私が目にしただけでも数名の子供たちは何か尋常ならぬできものができていたり、体調が悪そうだった。それ以外にも女性で身体の具合が悪く家から出られなかったり、足が悪く歩けなかったりする人を見た。カンボジアは地雷のために足や腕を亡くした人を実に多く見る。健康保険制度などない国では、体が不自由ということは、厳しい将来を意味する。

人びとの健康面が悪いのは、もうひとつ、教育があるのではないかと考える。衛生教育というものが両親を含めて出来ていないように思われる。例えば、何かを食べるとそのまま食べ終わった袋を路上に捨ててしまう。いずれ、これらのプラスチックごみは環境汚染を起こす原因となるだろう。

ガイドに、物品を配る際には必ずこのごみの処理についても考えてもらえないかと言うが、ガイド自身がそれについての重要性が分からないらしく、無視される。彼にしてみると実にうるさいオバさんに映るのだろうなと思いつつ、時間をかけてしつこく説明することにする。

後日、他のチームメンバーが観光に出かけた際に、観光には参加せずひとり町をうろつくことにした私は、アンコール小児病院に行ってみることにした。アンコール小児病院は、米国に在住する一人の日本人カメラマンが始めた貧しい人へ無償で医療を提供する病院だ。 アンコール小児病院

前年に私がカンボジアを訪れた際、この病院に子供の医療費の年間サポーターとしての寄付をしたので、活動内容を少し知っていた。確かここは往診をしていたはずと思いだし、あの村の子供たちの元へ往診してもらえないかお願いすることにしたのだ。

最初、窓口である広報部門を訪ね、「昨年1年間サポーターとして寄付をした。今回一つ私のお願いを聞いてくれないだろうか」と話を聞いてもらう。そこから、往診担当の窓口に回される。そこで場所を説明し、ガイドの電話番号を渡して、直接カンボジア人同士で場所など細かいところを話してもらう。ところが、担当者によると、

「実は4、5年前まではその地域も我々の往診区域に入っていたのですが、予算が削られてしまったため、今はカバーできていないんです。」という。

私「他にどこかの病院でこの地域をカバーしていたりしませんか?」

担「今はどこもいってないと思います。だからそういうことは予想していました」

私「なにか方法はないんですか?」

担「一度、なんとかこの病院まで足を運んでくれれば診察できるのですが…」

私「移動手段など持たない方々なのです。私は明日この街を発たなければいけないので連れてくることができないのです」

担「そのガイドにお願いして、連れてきてもらうことはできないですか?病院まできてくれれば、その際の交通費は病院で負担できますから」

私「そうですか、それではガイドに頼んでみます」

ということになった。後日、ガイドにこの内容を話し、必ず行ってやってくれと頼む。ガイドは「わかった、次回行った時にそのようにするから。」と約束してくれた。

あの懇願するお父さんの思いが少しでも通じてあの少年の目が見えるようになればいいのだが。今後ガイドから進捗を聞いていこうと思う。