はじめまして。私は何者か
こんにちは。このブログをご覧いただき、まずはありがとうございます。
当方、ブログというものを初めて書くわけでございまして、少々慣れないところもありますが、読んでいただければうれしいです。
記念すべき最初の1本目ということで、自己紹介をさせていただこうと思います。
性別は男性、年齢は20代前半でございまして、まだ身体の若さに助けられている年代でございます。世間的には「若者」「Z世代」といわれる年代でしょうが、まったくそのような実感はありません笑。
趣味はギター・ベース、カメラ、読書が主ですが、わりと幅広くいろんな趣味分野に手を伸ばしております。
洋酒、ブーツ、車、航空機……etc.
ませてます。
「メンタルヘルス」のジャンルということで、こっち方面の自己紹介もしときます。
時系列ではこんな感じ。
-
小学3~4年頃から中学卒業まで、不登校や保健室登校をする。心療内科や放課後等デイサービスにも通う。
-
高校は通信制高校へ進学。留学を経験したり、人との交流に少しずつ慣れていく。一方で、スマホを持ち、SNSに触れるようになったことで人と自分を比較することが増え、謎の「学歴厨」が発生。勉強に明け暮れ、大学合格を果たす。
-
大学進学時、以前からお世話になっていたカウンセラーより、「社交不安障害」「自閉スペクトラム症」であることを知らされる。
-
大学進学後は一人暮らし。大学では社会福祉を学び、「社会福祉士」「精神保健福祉士」の国家資格を取得する。
-
卒業後、障害者支援の関連施設に就職するも、2か月ちょっとで適応障害を発症。休職を経て退職する。
-
熊本の実家に帰り、休養をとっている間に熊本地震が発生。その後、なんだかんだの縁で福祉関連のパート職として働きながら、家業も手伝いつつ生活する。
と、こんな具合です。
それぞれ振り返ってみると、こんな感じです。
小中学校
小中学校の頃は、対人恐怖が常にあったり、学校や「大人」というものに恐怖を覚えていたりしたことは、なんとなく覚えています。
ただ、不登校になった明確な理由については、今となってはあまり記憶にありません。
その後、放課後等デイサービス(放デイ)へ通うようになり、指導員の方や他の児童と関わるようになりました。
振り返ってみると、そこで経験した人との関わりは、自分にとって非常に良い「他者との関わり」だったのだと思います。
学校ではうまくいかなかった人との関わりを、別の場所で少しずつ経験していたのかもしれません。
高校
高校は、自分で「不登校の人が行く高校」みたいな感じで検索して探したのを覚えています。
今後の人生への危機感みたいなものがあったのでしょう。たぶん(笑)。
高校生活は、なんだかんだで楽しかったです。
通信制高校ということもあって、不登校経験者や対人関係に悩みを抱えている人など、似たような悩みや生きづらさを抱えている人と関わる機会もありました。
そこで、「自分だけじゃないんだ」と思えたことは、結構大きかったように思います。
一方で、受験期にはいろいろなストレスが重なったのか、閃輝暗点(当時の自分にとっては「最悪の兆し」)付きの片頭痛に悩まされながら、必死に勉強していた記憶があります。
そんなこんなで、なんとか大学に合格しました。
大学
大学進学後は、入学していきなり適応障害(仮)を発症します笑。
……といっても、当時は病名を告げられていたわけではありません。今振り返ると、おそらく適応障害的な症状だったのだと思います。
大学には「障がい学生支援室」という、社会福祉士が常駐する部署があり、そこで支援を受けながら大学生活に慣れていきました。
いわゆる「合理的配慮」というやつです。
1・2回生の頃は、授業が終われば、ゲームをしたり、ギターを弾いたり、本を読んだり、寝たり、料理をしたり。
特に読書はこの時期にハマり、哲学・思想書を読み漁っていました。
基本的には家の中で自由気ままに過ごしていました。
ゼミや実習が始まってからは、それなりにストレスを感じることもありましたが、資格取得という目標もあったので、なんとか頑張っていました。
就職、そして退職
実習と国家試験が控えていたこともあり、比較的早めに就職活動を始め、ありがたいことに内定をいただきました。
その後、無事に国家資格も取得し、就職。
……したまではよかったのですが、配属されたのは介護を行う部署でした。
そこで身体的・精神的なストレスが重なり、再び適応障害になりました。
休職をし、ちゃんと傷病手当もいただき、そして退職しました。
現在は、なんだかんだで幸せだと感じる生活ができております。
正直、これまでの人生のなかでの波乱万丈をもっと書きたいのですが、詳細な情報になってしまうので、今回は控えておきます笑。
さて、長くなりましたが、このブログには主に2つの理由から書いています。
1つは、
「不登校や精神障害などの生きづらさを抱える人々や、その周囲の方々へ、何か参考やヒントになることを伝えることができればいいな」
ということ。
そして、2つ目は、
「ただ吐き出し、考え、記録する場がほしい」
ということです。
長くなりましたが、いろいろ書きたいテーマはあるので、次回もまたお会いできたらうれしいです。
では!