まずい、お腹が痛い。


普段からよくお腹が痛くなるという訳ではない。むしろ腸は強い方。

だからこそなのかは分からないが、痛い時はとことん痛い。
生理痛に匹敵するといっても過言ではない。


とにかく、痛いのだ。




今は2時間目。

……今保健室行ったら、次の授業受けれなくなっちゃうな。
それに英語なんて授業受けててもやばいのに、休んじゃったらますます分かんなくなるし。


………我慢するかぁ…










なんて決意から時は流れ。

今は4時間目。体育。


痛みは収まったかといえば収まってない。
相変わらずの鈍痛に歯を食いしばり続けている。

体の中心にぽっかり穴が空いたみたいで、内側から吸い込まれていくような感覚が気持ち悪い。


先「今日はフットボールです。」


最悪。

よりにもよって今日はフットボールの日だった。

お腹痛いのに走るとか、想像しただけで嫌になる。
お腹が痛い時に走った記憶は特にないけど、きっと辛いだろうな。


………休みたいなぁ、


でも成績がなぁ。


「はい、出欠とりまーす。えー、石森。今泉。上村………」


はーい、とのんびりした返事が続く中、ぐるぐると思考を巡らせる。


今は4時間目。
この体育さえ乗り越えたら、昼休みが待ってる。
昼休みにトイレに籠るなり、友達に薬を貰いに行くなり、何かしらの対処はできるだろう。


先「渡邉。」


理「あ、はい。」


とりあえずはこの体育を乗り越えてから考えることにした。










更に運の悪いことに、今日は実際にゲームをすることになってしまった。

先生の説明も5分かそこらで終わってしまって、のろのろとコートに向かっていると、ふいに後ろから声をかけられた。


ね「りーさ。」


理「……ああ、ねる。」


ね「………大丈夫?」


理「え?」


ね「なんか顔色悪いよ?」


げ、そんなに表に出てたかな。


理「気のせいだよ…ちょっと眠いだけ。」


ね「そう?ならいいんやけど。」


そう言い残して、ねるはコートの方へ駆け出して行った。


……ねるって勘鋭いからなぁ。


バレたら面倒くさそうだし…気をつけなきゃ。





先生が鳴らしたホイッスルの音ともに、ゲームが始まった。始まっちゃったよ。


学校の授業、ということもあってコートは少し小さめ。

だから50mずっとドリブルしなきゃいけない、なんてことはないけど、その分ボールが回ってきやすい。
おまけに5対5の少人数制だから尚更だ。


ボールを取られないように必死に動いている間も、脳はお腹の痛みを伝えてくることを忘れない。


理「……っ、はぁっ」


志「おー?息切れしてんじゃん笑」


理「うるさいなぁ。」


ね「まだ始まって5分ぐらいなのにねぇ笑」


理「久しぶりに動いたからさ。」


志「ババアかよ笑」


ね「ババア……笑」


理「こら、愛佳口悪いぞ。」


試合中だというのにちょくちょく挑発してくる愛佳とねるがちょっとムカつくけど、特に体調不良を疑われているわけでは無さそうだ。



………しかし、そろそろ本当にキツい。

本当にお腹が縄かなんかで締め付けられてるんじゃないかと思うほどの圧迫感。
余りにも痛すぎて吐き気すら覚える。


理「う……はぁ、はぁ、」


死ぬ死ぬ死ぬ……という言葉しか思い浮かばなくなったところで、終了を知らせるホイッスルが鳴り響いた。


先「はい、次の試合始めるよー。」


幸い、私たちの次の試合は10分ほどの休憩を挟んでからだった。


愛佳やねるといったチームメンバーが座って談笑している中、こっそりと抜け出して水分補給をすることにした。

水飲んだら、ちょっとはマシになるかもしれないし。







理「………ぷは。」


前言撤回。
やっぱり飲まない方が良かったかも。

ひんやりとした液体が食道を通って胃の方へ流れ込んでいくのが何となく分かる。


なんか余計体冷えちゃって悪化したような……


理「いたたた……」


痛みの波に耐えていると、背後に人の気配を感じた。

振り返ると、そこにはねるがいた。


理「どうしたの?」


ね「やっぱり体調悪いんじゃん。休みなよ、無理しちゃだめだよ。」


理「……大丈夫だって。成績下がっちゃうかもだし。」 


ね「…ふーん。」


不満げな声とは裏腹に、納得したのか大人しくグラウンドの方へと戻っていくねる。

……さっきは「大丈夫」の一点張りだったけど……ねるが心配してくれた時、素直に嬉しかったなぁ。








そろそろ戻った方がいいかな……
ああでも痛いなぁ……

なんて憂鬱な気分になっていると、さっき引き返して行ったはずのねるがまた帰ってきた。


ね「理佐、保健室行こう。」


理「えっ?」


ね「ほら。」


ねるが差し伸べた手に掴まって立ち上がりつつも、不安な気持ちは消えない。


理「えでも……先生は?」


ね「もう言ってあるからさ。」


理「………でも」


ね「それに保健欠課は仕方ないよ。先生も心配してたし。」


理「…………そっか。」


ね「だから保健室行こう?」


理「……ごめん、ねる。」


ね「んーん、気にしないで。」


………優しいなぁ、ねる。


彼女の心の温かさに触れて、心なしか痛みも少し収まったような気がする。

私よりは小柄な彼女に支えてもらいながら、グラウンドを抜け出して保健室の方へと歩いていく。










〈 保健室 〉


ね「すいませーん、せんせー。」


ねるが何度呼びかけても、中から応答はなかった。


理「……留守かなぁ。」


なんか今日はとことんついてないな。


ね「だね……ま、いっか。入ろ入ろ。」


ねるに連れられて、保健室の奥の方にあるベッドへ寝かされる。

シャッ、とカーテンが閉じられた後、私の顔を覗き込んでくるねる。


ね「大丈夫?」


理「うん……ありがとう、ねる。」


ね「全然!」


にこーっ、なんて擬音が似合いそうな笑顔。

そんなねるを見ていると、ずっと強ばっていた体からふっと力が抜けた。

私の心もぽかぽかしてきたところだったのに。


くそ
空気読めよ、私のお腹。


理「あー、待って。痛い……」 


ね「大丈夫?」


理「……うぅ、痛い…」


今日一の鈍痛に、思わず呻き声が漏れてしまう。


ね「…………」


ねるが私の手を力強く握ってくれる。


理「ねる……」


ね「なに?」


理「ぎゅーってしてくれない…?」


ね「えっ…?」


理「……ごめん、今のは忘れて……」


何言ってんの、私。

ねるにはもう十分お世話になったのに。

さすがに図々しすぎるだろ、ばか。


ね「や、別にいいんだけど…」


理「え、い、いいの…?」


ね「まあ。」


理「…………ごめん。」


ね「いいってば。」


いつもよりも重く感じる体を頑張って壁側に寄せて、もう1人分のスペースを無理やりに作った。


ね「ありがと。じゃ、失礼して……」


ごそごそと靴を脱ぎ始めたかと思いきや、ベッドに上がり込んでくるねる。

ギシ、ギシ、とベッドの軋む音に妙にドキドキしてしまうのはなぜだろう。


ね「へへ、なんか恥ずかしいことしてるみたいだね笑」


理「……何言ってんのもう…笑」


この時間がずっと続けばいいのに。


そんな願いも叶うわけなく。
相変わらず空気を読まない波がやってきた。


理「あぁ……いててて…」


ね「理佐…大丈夫?」


理「痛い、痛いよぉ……ねる……」


無我夢中で目の前にある体を抱きしめる。


ね「………大丈夫だよ、理佐。大丈夫。」


温かい言葉とともに、頭の後ろにそっと手が添えられる。そのままぎゅっと引き寄せられれば、ねるの匂いが私の鼻をくすぐった。

ねるはそれ以上何も言わずに、何度も何度も撫でてくれた。


撫でられる度に

ずっと消えなかったお腹の不快感が消えていくような気がした










ね「………どう?」


理「ん、大分マシになった。」


ね「そっか。」


無意識に理佐の頭を撫でていた手をストップさせる。

その私の行動が気に入らなかったのか、理佐がむっと拗ねたような顔をする。


理「………もうちょっと撫でて…///」


ね「え?ああ、うん。」


…なんか今日の理佐、子供みたいだなぁ。

なんていう私の考えとシンクロするように、理佐がぽつりと話し始めた。


理「……小さい頃ね、よくお母さんにこうしてもらってたの。」


ね「………ああ、それで。」


理「ごめんね、子供っぽくて。」


ね「ううん、可愛いよ。」


理「……………」


あれ、急に黙っちゃった。


不思議に思って、私の胸元に顔を埋めている理佐をちらっと見てみる。

さすがに顔は見えなかったけど、少しボサボサになった髪からは真っ赤に染まった耳が覗いていた。


………何なんもう…///


照れてる理佐も可愛いけど、そんな彼女に思っている以上のパンチを食らわされる。

理佐に聞こえてるんじゃないかと焦るくらい、胸のドキドキが止まらない。


理「…………ねる…」


辛うじて聞こえるくらいの声量で理佐が呟く。


理「………き…」


ね「え?」


理「……………」


ね「理佐?」


しばらくすると、彼女の穏やかな呼吸が規則的になってきた。


寝ちゃった……



ね「…………ずる…」




好き、ぐらい私にも言わせてよ。




――――――――――

ちょっと私の体験談が混じってます。
保健室のは完全に妄想ですけど。


おしまい。