「あ、おかえり。」


「ただいま。」


「ねえ、今日は……」


「ごめん、疲れてるから。」


「……そっか。」


冷たい言葉を残して、さっさと自分の部屋に退散してしまう由衣。
後に残ったのはどうしようもない虚無感、あるいは孤独感。

いつからか、私と由衣の関係は " 恋人" と呼べるようなものではなくなっていた。

急に由衣の反応が素っ気なくなりだし、初めは頑張っていたものの、最近では由衣に対する気持ちはほぼ皆無と言っても過言ではない。

とはいえ、一応まだカタチ上では恋人関係にある。

なぜ別れないのか。

それは、この気持ちを口に出した瞬間に、もう後に引けなくなってしまうんじゃないかという不安があったから。

好感度を下げるのは簡単だけど、上げるのは難しい、と聞いたことがある。
まさにそういうことなのだ。

彼女に対する『好き』という気持ちはほぼないが、それを『嫌い』と決めつけてしまうようなことはまだしたくなかった。

要するに怖いのだ。
先の見えない未来が。


「…………はぁ……」


最近の由衣はキスするどころか、手を繋ぐなんてこともしてくれない。
でも私だって年頃なんだから、やっぱりそれらしいことはしたくなる。

そんな2つの感情に板挟みにされながら、のそのそとベッドに潜り込む。
しかしどうも、このモヤモヤとした気持ちに邪魔されて寝れそうにない。

………映画でも見ようかな。









夜の静けさを忘れるほど映画鑑賞に没頭していると、あっという間に朝を迎えてしまった。
カーテンから盛れる淡い光は、まだ日が昇っていないことを表していた。

映画鑑賞でいくらかリフレッシュはできたが、それでもまだ重ったるい空気が体に立ち込めている気がする。

……多分由衣はまだ寝てるし…

この時間に1人になれたのも何かの縁かもしれない。
そう思い、気分を変えようと散歩に出かけることにした。











まだ人の姿が見られない街中は静まり返っていた。
 " 満目蕭条 " と言うに相応しい光景だ。

朝5時の光景。

太陽は案の定まだ昇っておらず、人気はなく、遠方で鳴いている鳥のさえずりがBGMとなって街中に響いている。

行くあてもなく、ぼんやりと足を動かす。

視界の中で動くものといえば……信号機ぐらいだろうか。
車が走ってもいないのに信号機の色が変わるのを待つのは何処か虚しく、淋しいものだった。

たった数十秒の間だったが、何故かずっとその場に立ち尽くしていたかのような感覚だった。


「………もしかして、理佐?」


「えっ?」


ふと、後ろから声を掛けられた。

誰かな……なんて考えるほど思考は回っていなくて、反射的に振り向いた。

そこには黒いダウンを羽織った、よく見知った女性が1人佇んでいた。


「ゆ、友香?」


「ふふ、奇遇だね。」


早朝ということもあってか、友香は大分ラフな格好をしていた。
まあ、私もあんまり人のことは言えないんだけど。


「珍しいね、こんな時間に。」


「友香の方こそ。」


「私はこれが日課だからさ。毎日このくらいの時間に徘徊してるんだよ。」


「言い方……笑」


「この時期になると太陽がまだ沈んでるから、散歩にうってつけなんだよね笑」


「へぇ〜」


「理佐は?何か用があるってわけでも無さそうだけど。」


「うん…」


友香の何気ない一言で、再び体がどんよりと重くなった気がする。
体、というよりは心の方がしっくり来るかもしれない。


「………どうしたの?」


いつもは " ポンコツ " だの " ドジ " だのとイジられることの多い友香だけど、さすがキャプテンに選ばれただけある。

感情を表に出していないつもりだったのに、いとも容易く見抜かれてしまった。


「なんで?」


「うーん、なんか寂しそう…だった。」


「……ふふっ笑」


「えっ、なんで笑うのさ。」


「ううん、なんでもない笑」


本当に、この人にはお手上げだ。
心の中に抱いている感情の名前まで見抜かれちゃ、これ以上隠す意味もないか。


「あの、さ……実は友香に相談したいことがあって……」


「うんうん。どうしたの?」


「……私が、由衣と付き合ってるのは知ってる……?」


「何となくはね。」


「由衣のことなんだけど……。」


「うん。」


「最近もう、私のこと好きじゃないんだろうなって思うんだよね。」


「……そうなの?」


ああ、言っちゃった。

ずっと目を逸らし続けてきた事実を口にしてしまった。
前から分かってたはずなのに、なんだかすごく寂しい。

由衣はもう、私のことを愛していない。


「なんでそう思うの?」


「なんかすごい素っ気ないし、手も繋いでくれないんだよね……」


「ただクールなわけじゃなくて?」


「帰ってきたらすぐ部屋に引きこもっちゃうし……キスも嫌がるんだよね……」


「…………」


以前、由衣がただ照れているだけだと勘違いして、無理やりキスを迫ったことがある。

その時の由衣の針のような刺々しさをもった声と、氷のように冷たい眼差しは、私のメンタルをボロボロにするには十分すぎた。


「……ねえ、友香…」


「何?」


「…私、どうしたらいいのかなぁ…っ」


「っ、」


あの時の由衣を思い出すだけで、涙がぽろぽろと溢れてくる。

あんなに冷たくされるほど、私は何か悪いことをしただろうか。

心当たりがあったら、こんなに苦しんではいない。ないからこそ、それが辛いのだ。

日々、原因も分からずに由衣と顔を合わせるのは、想像以上に耐え難い事だった。


「………ぅ…、うぅっ…」


「………ねえ、理佐。」


「………」


「私が忘れさせてあげようか?」


「………え?」


「由衣のことなんて、忘れさせてあげるよ。」


恐る恐る顔をあげてみれば、友香は物悲しげに微笑んでいた。

青から黄色へ、黄色から赤へと変わった。

友香の後ろに見える交差点の赤信号が 
" これ以上進んではいけない " 
と警告するかのように妖しく光る。


「それって……」


次第に街の喧騒が聞こえてきた。駅の方から何人もの人が歩いてくるのが見える。
いまや信号機も交通整理の役目をきちんと果たしている。

タイムミリットが迫っていた。

タイムミリットが近いことは友香も分かっているようで、微笑みを崩さないまま催促してくる。


「どうするの?」


分かっている。

友香が言っていることも、何もかも。

私はまだ由衣と付き合っている。
もし友香が言っていることが本当なら、私は " 浮気 " をすることになる。

テレビで報道される度に呆れていた " 浮気 " を自分がするというのは想像できなかった。


「……ねえ、そろそろ…」


「……………がい」


「え?」


「お願い。」


しかし、物事の善悪もまともに考えられないくらいには、私の心はすっかり衰弱しきっていた。

私が出した結論に、友香は少し驚いたようだった。


「……自分で言っといてあれだけど、ほんとにいいの?」


「いい。……由衣のことなんか忘れちゃうくらいに激しくして欲しい。」


意見が揺らがないうちに、きっぱりと言い切ってしまう。

ああ、これでもう後戻りはできない。


「………そっか。」


友香が差し出した手をそっと握る。

そこには確かな温もりがあって、そのことにとてつもない安心感を覚えた。


「じゃ、行こっか。」


「ん。」


手を引かれるがままに任せて、ぼんやりと街の光景を眺める。

相変わらず、少し錆を被った信号機は通常業務をこなしながらも、私に警告することを忘れない。

 " 行ったらだめ、今ならまだ戻れる "

ううん、もう手遅れだよ。
由衣と友香を天秤にかけた時、私は友香を選んじゃったんだ。

もう……由衣のもとに戻る資格はない。

信号がパッと青に変わると同時に再び歩き始めた。

朝5時17分のことだった。









「……ほんとに、いいん…ですか?」


「うん。」


「でも……」


「いいの。どうせ理佐は私のこともう好きじゃないんだし。」


「…………」


「ふふ、そんなに暗い顔しないでよ。
大丈夫だって、私にはひかるがいるんだから。」


「………由衣、さん…」


「ねえ、ひかるは私のこと愛してくれる?」


「…はい、由衣さんが望むんなら。」


「…………じゃあ早速、愛してもらおうかな、」




――――――――――

なんかしっくりこない終わり方……。

いつの間にこんなドロドロになっちゃったんでしょう。

テスト前の謎のテンションで書いてるんで、変なとことかは見逃してください……。