「バレなければ何をしてもいい」って言う概念は
とっくになくなった。
嘘を嘘で塗り固めた言葉は、嘘でしか無く
そこに「信用」はないから「バレる、バレない」以前に
「信じれない」。
それは「裏切り」であり「殺人」と同様だと。
「心を殺す」行動だと。
よく「男の本能」と言うがそうではない。
ただ「モラル」がなく「理性」が効かず、自分の「快楽」だけを優先する、「甘え」だけが強い「自己愛」が激しい人だけだ。
そこにパートナーへの「思いやり」がなければ「愛」もない。
パートナーにとっては「最大の裏切り」であり「死刑宣告」と同様。
決して大袈裟ではなく、これはされた側にしかわからない。
一度無くなった「信用」は中々取り戻せるものではなく
「言葉」と「行動」が重要。
それは「見えている時の行動」ではなく「見えていない時の行動」が最も重要。
「見えていないからバレない」ではなく、「見えていないからこそ疑われる」。
目に見えるものだけを信じれるのは子どもぐらいだろう。
「言葉」で弁解するのではなく、「行動」で示す。
「何もしていない」ではなく「行動」でしていないことを証明する。
その「行動」とは「見えていない時の行動」。
「見えていない時」に「裏切り」を犯したのだから。
「裏切り」を受けた人はその「傷」を一生忘れない。
「傷」は何十年は癒えることはない。
ふとした瞬間に蘇り「フラッシュバック」を起こす。
その度に目の前が真っ暗になり、「孤独」と「不安」に包まれる。
「心の傷」は生涯消えることはない。
そして「愛」は「憎しみ」に変わり、1つの「家族」はなくなった。
そしてした側は言うのだろう「お前は変わった」と。
違う。「変わった」のではなく「変えられた」のだ。
人生で最高の「裏切りのプレゼント」を貰い「人生を変えられた」のだ。
何度も言うが、決して大袈裟ではない。
その様な「行動」をした瞬間、しようとした瞬間に「パートナーの心は殺されている」。
それは「未遂」だろうが関係ない。
しようとした「事実」があるなら同じことだ。
もはや「許す」「許さない」の次元ではない。
これを読んでした側が「キレる」なら、した事の重大さから目を逸らし自分を守ることしか頭にない「欠落人間」だ。
そして「同じ事を繰り返す」「底辺の人間」だ。