自己受容、それは自己肯定を
するのと同じくらい大事。
いや、こっちのほうが先。
自己受容すれば、勝手に
自己肯定感も高まる
とも言える。
自己受容、しているつもり。
でもやはりネガティブな面を
無意識に避けている。
避けているということは
認識していないということ。
私の痒みがあって掻き壊しも
ある皮膚は、肯定しがたい。
拒絶まではしていないけれど。
実際は、否定したくないけれど
認めたくないので避けている。
これは意識的に。
寒川さんをお参りした後の
タイミングで劇的に痒くなり
掻きむしってしまった気がしている。
ほぼ同じタイミングで、ビタミン剤を
飲んでみようと始めたこともある。
つまり劇的な痒みの原因は不明。
複合的な原因ということもある。
原因究明よりも、これについて
私がどう感じているかが大事だと
思っている。
肯定的に思えば、これは脱皮だ。
破壊と再生なのだ、大丈夫だ!
のようなことか。
かなり思考が強い。
無理やり感が否めない(笑)
自然に感じることは、
もう嫌だ!
の一点張り💦
するとふと浮かんだのは。
これは古い概念、今までの私を
守ってきた何かの。
もう不要になってきているもの。
(これもここのところずっとある概念)
でも感謝できるもの。
(すべきものとは書きたくない)
なので、今までありがとう、
ホントによくがんばってくれました、
もう大丈夫です、新しくなりましょう、
と思ってみた。
結果、症状としては悪くない。
だいぶ落ち着いてきた。
このあたりのネガティブに感じる
不要な概念の手放しは、記述が
難しいと感じていた。
はっきりと、これ!という
信念ではないから。
で、こうなるとつい気分は
停滞気味になるので要注意。
さて、書き(掻き笑)終わったので
