自我って生きるのに必要 | 宇宙意識で體と魂メンテナンス@湘南辻堂 旧今ここを生きる 自分を知る

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とにかく何が望みなのかを自分に聞いて宇宙意識で現実を創る!
自己最高の人生を送るための探求。自分を知って信じると何が起きても大丈夫になる。行き当たりばったりが楽しくなる!
意識が人生を創造していることを検証する日記。現実世界と精神世界を同時に生きる。

こんなことになって

起きていられなくて

寝た。夜10時前に。

 

 

そして、夜中に目が

覚めてしまった。

 

 

季節ものの鼻むずむず

と夜中に帰宅した娘と

わさわさも原因。

 

 

でも、なにか活動も

できるほどすっきり

していて、お腹も空いて

だから、ほったらかして

寝た家事を片づけて

パンを焼いて食べて

ハーブティーを淹れて

これを書いている。

 

ここで私はなんだか

魂だけになった感じ

だった。

 

実際は自我(エゴ)が

そう感じていただけ

とも言えるかもしれない。

 

 

けれど、思考活動を

したくなくなっていた。

話したり書いたりを

したくなかった。

ただ、その至福感を

味わっていたかった。

 

 

その時の私の脳波は

どの状態だったのだろう。

 

けれど、あの状態では

家事なんてできないし

ましてや仕事なんて

無理だろう。

人の体をトリートメント

するような仕事なら

かえって無心になって

良いかもしれないけれど。

 

で、気づいた。

 

最近、私が魂そのもの

だったら経験すべてが

宝だからどんなネガティブな

感情すらも実はうれしい

のかもしれないと思っていた。

 

 

けれど、魂そのものでは

生きられない。

そう気づいた。

 

さっき、そんな状態だった

のだと思う。

 

理解不能な人間がいる

と感じたら、それは魂のまま

生きている人なのかもしれないよ。

 

だって、感謝しかない

んだからそのままで

いたいもの。

 

よって社会に適応できない。

 

よって社会に適応する

自我は必要なのである。

 

そう気づいた。

 

これは私にとっての気づき

に過ぎないかもしれない。

 

 

社会に適応する、とは

社会に迎合するという

ことではなくて、現実での

ルールやらマナーやら

人間界の決まりを理解して

そこで流れるように生きる

という意味で言っている。

 

あれ食べたい、とか

あそこに行きたい、とか

あの人に会いたい、とか

そんなこともすべて自我

の思うこと。

 

それが無かったら

行動できない

というわけでもないだろう

けれど、そこに喜びは

あるかな。

 

 

なんだかしっかり

自我が戻ってきて

何も変わらないなと

思っているけれど

変わるのは無意識レベルの

自分であればいいわけなので

妙に納得している。

 

 

自我は要らない

ということもあると

実感するけれど

要らない局面がある

ということで

まったく要らないわけ

ではないと思った今回。

 

 

今後、自我は

まったく要らないと

いう気づきがあると

したらそれはそれで

おもしろいと思うけれど(笑)