神戸の漁師町へ引っ越してきて2ヶ月が過ぎました。
散歩の途中で漁師さんや釣り人とすれ違いますが、色めき立つ出会いはまだありません
今の家はワンルームマンション。最低限の暮らしです。
家具や服、寝具は姫路の居候部屋から持ってきたもの、キッチン用品は京都時代から使い続けたものを姫路経由で持ってきました。
食器はマグカップとグラスと茶碗を持ってきてきました。これも姫路経由の京都時代品。茶碗はいわゆる「お茶碗」ではなく、お抹茶を点てるためのお茶碗。どんぶりほどの大きさなのでお抹茶ではなくおうどんを賞味するために使っておりまする。
お皿などは現地調達で、と決めていたので神戸に来てから買いました。
なんでも使えそうな白い丸皿と大ぶりの四角皿。
正直なところ、抹茶茶碗と四角皿があれば三度の食事に困らない。いっそ、四角皿のワンプレートで事足りるんです。
でもね〜
なんかこう、ねえ〜
手に馴染む大きさのものが欲しいというか。。。
大は小を兼ねる、と自分自身に言い聞かせて抹茶茶碗にちんまりとご飯を盛っていたんですが、体が「なんかちゃうねん!」と言いよる。心も「それちゃうし!」とゴネよる。
体と心がタッグを組んで反論してきたらやっぱごまかしきれんかったーっ
「お茶碗」買いました。
はい、いわゆるお茶碗、ご飯を一杯分入れる食器のことです。手のひらに収まるサイズの食器です。
100円ショップの量産品なんですけど、これがやけに落ち着くねん。
「ご飯を入れるための形」に安堵したんでしょうかね。
米粒を日常的に食べるようになって五十数年(ふつーに「生まれて五十数年」と言えへんか)、米を食べるための器はこの形!というのがDNAに刷り込まれているんでしょうか。
いや〜 刷り込みってすごいわ! 同じように炊いた米なのに、そこそこのお値段(貰い物なのでわからないけど、たぶんそれなりのお値段?)の抹茶茶碗で食べるお米より、100円ショップで買った「ザ・茶碗!」で食べるお米の方が美味しく感じるんです。ややこしい表現ですみませんっ
奥のがお抹茶の茶碗
手前から撮ってるのでご飯用のお茶碗が大きく見えますが実際にはお抹茶用のが一回り大きいです。
自分の手の大きさにはこれくらいのお茶碗、という何か法則があるんでしょうかね?
ニュートンの法則とか? パブロフ犬の法則とか?(ちゃうちゃう)
あ、nokiaの法則と名付けようか。手の大きさに合う茶碗だと米粒が美味しくなる、という法則。(無理クリやな)
そんな、どーでもいいことなんですが、日常の幸せってこんな小さなことなんやな、って感じた出来事でした。
チャンチャン
あした天気になあ〜れ! (=^x^=)
食器で検索してたらとっても素敵なのを見つけました。
いつかこんな素敵な食器で優雅に食事をできるのを目標にがんばろ。
皆さんもお一ついかが?
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