・コンクリートの墓標

無数の雑居ビルがコンクリートの墓標のように見える。この町では今この瞬間も数え切れない人達がそれぞれの生活を営んでいる。ここから見ればコロニーから溢れ出した蟻の群れのようにしか見えないその一人一人に人生がある。
石タイルの公園でリプトンのミルクティーと菓子パンを食べているあのサラリーマン31歳は独身だ。群馬の山村で誕生した彼は活発な少年で、中高をその田舎の学校の陸上部に捧げた。高校を卒業しするにあたって、彼は何度か陸上の大会で訪れていた東京の町に憧れていたから、そこの大学を受験することにした。運動一筋から一転、受験勉強に精を出した彼はなんとか東京の私立大学へ入学した。大学では今までと思考を変え、クラシックギターのサークルへ所属。そこで出会った女の子と交際し、結局卒業までそれは続く。しかし、電波キャリアの営業職となった彼は、動物病院で働く彼女と次第に生活のリズムからズレはじめ、そのズレはやがて破局につながった。それ以来、彼は大きな恋愛もせずにその年になった。しかし、今の仕事や生活には満足していて、割と幸せに生きている。学生時代の彼女のことをまったく思い出さない訳ではない。今の生活が、あの群馬の高校で憧れた東京の生活かといえばそうではない。でも彼はそこそこ満足している。だから、石畳みの公園で1時間の休憩時間を過ごすのも嫌いではない。
そんな妄想をしながら、墓標の上で時間を過ごす。それはもうほとんど日課のようになっていた。地上27メートルから蟻の群れを観察しながら、自分もまたその蟻の一匹だった。
幼い頃、もっと大切な夢のようなものを抱えていた気がする。こういう、あるいはああいう生活とは違う、そういうなにかを目指していて、そこが何処なのかをなんとなく、しかし確かに知っていたような気がする。
それは陽炎のように、未来へ近づくほど歪んで消えてしまった。陽炎がかき消えると、向こうに広がる世界が見える。確かに広く、しっかりとした道や階段のある世界で、全然嫌な世界ではないのだけど、あの陽炎のような夢はもうない。そういう世界が、一目で現実だとわかる世界が見える。
きっと誰もが通る道で、自分の父親や母親、頼りない叔父も感じてきたことかもしれない。当然のこと。それを経過した人達が群れをなして、蟻のようにこの町に集まっている。そこにはそれだけの人生があり、その一つ一つを決して馬鹿にすることはできない。ただ、かつていた少年達はもう、いないのだと思う。ハツラツと飛び回った彼らは、ある青春の一時を過ぎると、そのまま楽しそうに夢の国へ駆けて行ってしまったのだと思う。
そういう意味で、コンクリートの墓標の中に僕は居た。


・空を走るひと


・ファミレスの一家と現実


・旧友の夢