神田川の桜が咲き始めた。思い返せば去年の今頃、東京にやってきた僕は同じように桜を見て、春だなァという程度の感想しか抱かなかった。今年も春だなァと思う僕が居るということは、とにかくも春である。季節が巡ったらしい。
今日、大阪へ帰る。対した用事ではないから、また東京へとんぼ返りなのだけど。
東京駅へ着くと昼時だった。食事を取るために地下のレストラン街に降りると、鬱陶しい程の人混みであった。家族連れや、大きなスーツケースを引っ張る学生風の若者が多い。やっぱり春である。
六厘舎という美味いつけ麺の店があって、そこでいっちょ啜ってやろうという気であったのだけど、待ち時間を見ると60分超。21世紀に入って久しいが東京はまだまだ世紀末の様相である。毎日うららかな日差しの中で放射能ぼっこしている世の中とはいえ、明日明後日に六厘舎ごと世界がなくなるわけではなかろうと、僕は他の店を探すことにした。
当然、どこも満員である。どの店を見てもモダンな間接照明に照らされてマダム家族連れが談笑しつつ飯をかっくらっている。全く平和、全く春の風景だ。昔、ブレードランナーという映画で描かれた2010年代の日本はもっとゴチャゴチャしていて湿っぽい。ああいう陰気さに包まれたハードボイルドな渋さはおよそこの季節には似合わないらしい。
そんなことをボンヤリ考えながら空いている店を探していると、すみっこの方に一軒、圧倒的にキチャナイうどん屋が見つかった。春の陽気など一切受け付けない風格である。モダンなレストラン街にも、探せばキチャナイ店があるもんだ。そういえば、ブレードランナーの中でハリソンフォードも屋台のうどんを啜っている。東京駅の地下に小さなチバ・シティを発見したぼくはハリソンフォードになった気分で渋い表情をつくり、券売機の前に並んだ。
ところが、である。ぼくの前のオヤジが激烈に優柔不断らしい。もうそろそろ5分くらい券売機の前でウンとかスンとか言っている。ときたまボタンに手が伸びるのだけど、すぐまた胸の前で腕組みしてウンスン言う。まあでもこれも渋さである。春の陽気からは程遠い世界観に僕は満足して、渋い表情のまま冷やしかき揚げうどんのボタンを押した。
店の中は所謂立ち食いのスタイルである。冷やしかき揚げうどんはさほど冷やされてもおらず、うまくはなかったけど、存外ぼくは不機嫌でもなかった。ブレードランナーのうどんだって全然うまそうには見えない。それを渋い顔で啜るからハードボイルドなのだ。僕はまさにハリソンフォードじゃないか。ウキウキの場末感。外の浮かれた春陽気クソくらえである。
うどんを食べ切ろうかというときに若いサラリーマンが入店してきた。スマートフォンを片手に、どうやら通話中である。誰も会話などしない店内、自然と彼の通話が耳に入る。
「あー、割っちゃったの?背の高いやつ?」
「全然大丈夫だよ。あれ、6個セットとかのやつだし。俺もよく割る」
新生活っぽい。僕は渋い顔をさらに渋くする。この店にまで春の風が吹き込んでくる。ちくしょう!
「ていうか洗い物してくれてありがとう。え?うん、早めに帰るよ。愛してる」
ちくしょう!春だ!
ハリソンフォードよろしくやって楽しんでいる僕もどうやら陽気に当てられているだけらしい。世間は浮足立っている。季節が巡ったらしい。また一年間がはじまる。
今日、大阪へ帰る。対した用事ではないから、また東京へとんぼ返りなのだけど。
東京駅へ着くと昼時だった。食事を取るために地下のレストラン街に降りると、鬱陶しい程の人混みであった。家族連れや、大きなスーツケースを引っ張る学生風の若者が多い。やっぱり春である。
六厘舎という美味いつけ麺の店があって、そこでいっちょ啜ってやろうという気であったのだけど、待ち時間を見ると60分超。21世紀に入って久しいが東京はまだまだ世紀末の様相である。毎日うららかな日差しの中で放射能ぼっこしている世の中とはいえ、明日明後日に六厘舎ごと世界がなくなるわけではなかろうと、僕は他の店を探すことにした。
当然、どこも満員である。どの店を見てもモダンな間接照明に照らされてマダム家族連れが談笑しつつ飯をかっくらっている。全く平和、全く春の風景だ。昔、ブレードランナーという映画で描かれた2010年代の日本はもっとゴチャゴチャしていて湿っぽい。ああいう陰気さに包まれたハードボイルドな渋さはおよそこの季節には似合わないらしい。
そんなことをボンヤリ考えながら空いている店を探していると、すみっこの方に一軒、圧倒的にキチャナイうどん屋が見つかった。春の陽気など一切受け付けない風格である。モダンなレストラン街にも、探せばキチャナイ店があるもんだ。そういえば、ブレードランナーの中でハリソンフォードも屋台のうどんを啜っている。東京駅の地下に小さなチバ・シティを発見したぼくはハリソンフォードになった気分で渋い表情をつくり、券売機の前に並んだ。
ところが、である。ぼくの前のオヤジが激烈に優柔不断らしい。もうそろそろ5分くらい券売機の前でウンとかスンとか言っている。ときたまボタンに手が伸びるのだけど、すぐまた胸の前で腕組みしてウンスン言う。まあでもこれも渋さである。春の陽気からは程遠い世界観に僕は満足して、渋い表情のまま冷やしかき揚げうどんのボタンを押した。
店の中は所謂立ち食いのスタイルである。冷やしかき揚げうどんはさほど冷やされてもおらず、うまくはなかったけど、存外ぼくは不機嫌でもなかった。ブレードランナーのうどんだって全然うまそうには見えない。それを渋い顔で啜るからハードボイルドなのだ。僕はまさにハリソンフォードじゃないか。ウキウキの場末感。外の浮かれた春陽気クソくらえである。
うどんを食べ切ろうかというときに若いサラリーマンが入店してきた。スマートフォンを片手に、どうやら通話中である。誰も会話などしない店内、自然と彼の通話が耳に入る。
「あー、割っちゃったの?背の高いやつ?」
「全然大丈夫だよ。あれ、6個セットとかのやつだし。俺もよく割る」
新生活っぽい。僕は渋い顔をさらに渋くする。この店にまで春の風が吹き込んでくる。ちくしょう!
「ていうか洗い物してくれてありがとう。え?うん、早めに帰るよ。愛してる」
ちくしょう!春だ!
ハリソンフォードよろしくやって楽しんでいる僕もどうやら陽気に当てられているだけらしい。世間は浮足立っている。季節が巡ったらしい。また一年間がはじまる。