僕は4階建ての男子寮に住んでいる。元はどこぞの名家の領地であったらしい土地は戦争の火も逃れたために大昔のままの姿で東京の町中に鎮座している。ほとんど原生林のような敷地は東京ドーム何個分というような規模で語られる。広大な森の中、門をくぐってから10分も歩くような寮、そんなところである。
・山田 武彦
僕は一階に住んでいる。一階は木とか室外機とか、いろいろなものの陰になって一日中薄暗い。洗濯物もなかなか乾かないし、じめじめしている。洗濯物は屋上に干せばいいのだけど、一階の住人にとって屋上まで階段を昇っていくのはなかなか重労働で敬遠する。そんな湿気のせいか、僕を含めたこの階の住人は湿っぽい奴が多い。二つ隣の部屋の大西という男は特に根暗でほとんど口を開かないし、開いたとしても一言二言で口を閉じる。大西は夜更かしだ。深夜の2時や3時にブラブラしているとばったり出くわす。
そんな彼と朝方に出くわした。まだ太陽の昇らない4時とかそのくらいの時間だった。徹夜明けの僕は飲み物でも買おうと中庭を歩いていた。向かいから大西が歩いてくる。大西はなにか大きいものをズルズル引きずっていた。
「よお。なんだ、おっきい荷物だな」
そういって覗き込んでギョッとした。それは死体だった。若い、20代もそこそこの女の死体だった。しばらくそのままかたまった。何も言えないし、大西もいつも通り口を開かなかった。
それから、僕はなぜか大西の部屋に居た。彼と、女の死体と不思議な空間だった。明かりの下で死体をまじまじと見た。それは綺麗なものだった。大西は自分のコートに乗せて運んでいたようで、引きずられた傷もなかった。肌は白く、透き通っている。本当に死んでいるのだろうか?そんな疑問が頭をよぎったが、その顔に生気はなく、人形のような印象は間違いなくその女の死を伝えていた。
「どうしたんだよこれ」
僕は大西に尋ねてみるが、もちろん口を開くことは無い。そのまま沈黙が部屋を支配する。沈黙は何故か、部屋に死体があることによって肯定されていた。不思議な話であるが、そこに女の死体があるというだけで僕の心には安心感があった。
「葬式をしなきゃ」
沈黙を破ったのは意外にも大西だった。それにしても葬式とは間の抜けた言葉だった。にもかかわらず僕にとってはしっくりときた。目の前の美しい死体に対して、僕たちは葬式をしなければならなかった。
僕たちは死体を屋上へ運んだ。じめじめとした一階とは違い、屋上の風はすがすがしく、生気を含んでいた。屋上への階段を人一人担いであがるのは大変だった。生きている人間より、死んでいる人間の方が幾分か重いのではないだろうか。いったい何が増えるのだろうか。なんの重みであろうか。屋上へたどり着くと朝日が昇りつつあった。東の空に赤みがさしている。僕たちは急いで屋上に放り捨てられているソファを立て直し、中央に運んだ。干された誰かのシーツが朝日を映して赤く染まる。ソファの上に死体を寝かした。太陽が昇る。まぶしい光は屋上全体を眩しく輝かせる。
黄金の屋上、深紅のシーツ、その光が混じり、死体を照らす。僕と大西はさながら、彼女につかえる従者であった。風が彼女の魂を浚ってゆく。僕たち三人はその葬式に心の底から満足をした。
・山田 武彦
僕は一階に住んでいる。一階は木とか室外機とか、いろいろなものの陰になって一日中薄暗い。洗濯物もなかなか乾かないし、じめじめしている。洗濯物は屋上に干せばいいのだけど、一階の住人にとって屋上まで階段を昇っていくのはなかなか重労働で敬遠する。そんな湿気のせいか、僕を含めたこの階の住人は湿っぽい奴が多い。二つ隣の部屋の大西という男は特に根暗でほとんど口を開かないし、開いたとしても一言二言で口を閉じる。大西は夜更かしだ。深夜の2時や3時にブラブラしているとばったり出くわす。
そんな彼と朝方に出くわした。まだ太陽の昇らない4時とかそのくらいの時間だった。徹夜明けの僕は飲み物でも買おうと中庭を歩いていた。向かいから大西が歩いてくる。大西はなにか大きいものをズルズル引きずっていた。
「よお。なんだ、おっきい荷物だな」
そういって覗き込んでギョッとした。それは死体だった。若い、20代もそこそこの女の死体だった。しばらくそのままかたまった。何も言えないし、大西もいつも通り口を開かなかった。
それから、僕はなぜか大西の部屋に居た。彼と、女の死体と不思議な空間だった。明かりの下で死体をまじまじと見た。それは綺麗なものだった。大西は自分のコートに乗せて運んでいたようで、引きずられた傷もなかった。肌は白く、透き通っている。本当に死んでいるのだろうか?そんな疑問が頭をよぎったが、その顔に生気はなく、人形のような印象は間違いなくその女の死を伝えていた。
「どうしたんだよこれ」
僕は大西に尋ねてみるが、もちろん口を開くことは無い。そのまま沈黙が部屋を支配する。沈黙は何故か、部屋に死体があることによって肯定されていた。不思議な話であるが、そこに女の死体があるというだけで僕の心には安心感があった。
「葬式をしなきゃ」
沈黙を破ったのは意外にも大西だった。それにしても葬式とは間の抜けた言葉だった。にもかかわらず僕にとってはしっくりときた。目の前の美しい死体に対して、僕たちは葬式をしなければならなかった。
僕たちは死体を屋上へ運んだ。じめじめとした一階とは違い、屋上の風はすがすがしく、生気を含んでいた。屋上への階段を人一人担いであがるのは大変だった。生きている人間より、死んでいる人間の方が幾分か重いのではないだろうか。いったい何が増えるのだろうか。なんの重みであろうか。屋上へたどり着くと朝日が昇りつつあった。東の空に赤みがさしている。僕たちは急いで屋上に放り捨てられているソファを立て直し、中央に運んだ。干された誰かのシーツが朝日を映して赤く染まる。ソファの上に死体を寝かした。太陽が昇る。まぶしい光は屋上全体を眩しく輝かせる。
黄金の屋上、深紅のシーツ、その光が混じり、死体を照らす。僕と大西はさながら、彼女につかえる従者であった。風が彼女の魂を浚ってゆく。僕たち三人はその葬式に心の底から満足をした。