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で
土曜に「R246 STORY」を観て深夜、いつも通り妻と孫と川の字で眠ったのだが、これまたいつも通り短時間で目覚めてしまい、なんとなくテレビをつけてみたら、この映画が放映されていた。
これも観たかったが見逃していた作品。
というより、私は浅野忠信が関連する作品はCMまで全部観たい人なんだけれども、とにかく映画に関しては出演作が多すぎてこの非文化圏ではそれもなかなか難しく、できる限りの範囲で観ているつもりが、この映画は地元でお寺さんが経営するミニシアターで上映されていたにも関わらず、タイミングが合わなくて観られなかった作品だったのである。
内容的には
「父の死で写真館を継いだ主人公が、幼なじみの女の子が連れてきたちょっと変わった感じの女の子と結婚するのだが、彼女は大した動機も持たない未成年の男子に殺されてしまい、男は心に復讐を抱きながら、なかなかそれを実行することもできずに、廃人のような生活をしているのだが、幼なじみの女の子の支えもあって徐々に立ち直る兆しをみせ、しかし復讐の心はまだくすぶり続けていて・・・」
というような暗く、思いテーマを、非常に客観的に淡々と描いた作品なのであって、けっして派手でもなければ、かといって社会派というほど堅くもなく、とても平和であたたかな日常が不条理に破壊された男のリアリティを移しているように思える作品なのである。
「R246 STORY」に収録されていた浅野の監督作「224466」、そしてこの作品を観て、思うことがあった。
彼の演技というのは
いかに乱暴なときも、いかに悲しいときも、観客のこころをその手で揺さぶるようなことはない
ということである。
彼はいつでもただ、演じる人間になり、その人間の置かれた状況に、現実に自分が置かれたときにどうするのかという自然なアクションをしている。
妻を殺されたとき、彼の表情は動かない。
その後の生活の中でも、彼がコトバを荒らげるのは、雑誌記者がしつこくつきまとって来るときだけである。
この映画の描写の中には、本来なら泣ける部分もたくさんある。でも、浅野の演技はそれを拒絶し、あえて涙から引き離しているように思える。
リアリティというのは、デフォルメされた演技からは決して派生しないと言うことである。
だから、いつも彼の映画では、主演の浅野以外の役者が輝きながら輪をつくり、彼はその中心にぽつっと立っているようなそんな印象を受けるのだ。
どの映画をみても彼の立ち位置は常にそこにあるようで、だからこそ監督の求める人物に、いつもフリーな立場で向かえているのだろう。
技巧派ではない。セリフ廻しだって、上手ではない。でもいろんな名監督が欲しがる彼の存在というのは、この人の感情に手をつけない演技の上にあるのだと、ハッとしてしまうような、そんな作品であった。
と、同時に池脇千鶴の巧さと、エリカの美しさが際だっている。
エリカって、私は全然知らない役者さんだけど、浅野忠信との画が、凄まじく美しくて、ドキッとした。