2.古い話
『星々』の中のひとつに存在するこの大陸は「移民の国」と呼ばれていた。
この美しい惑星上のあらゆる国々から人々がやって来てこの地に住み着いた。
豊かな自然と資源に恵まれたこの国に、野望を持ち、夢と希望を想い描いてやって来た者たちがいた。
夢と希望に溢れた者たちによって「収穫」され、この国で「使用」するために強制的につれて来られた者たちが絶望に堕ちていた。
夢と希望に溢れた者たちがやってくる以前からこの国に先住していながら、彼らに「発見」されたばかりに邪魔にされ、暴力によって絶滅寸前にまで追い込まれた者たちが憎悪を胸に、潜み、反撃を伺っていた。
希望と絶望、幸と不幸、愛と憎悪、略奪と搾取、感情と言う感情、想いと言う想いのすべてが坩堝の中で煮えくり返り、風も大地も空気も『混沌』の意思の中で融合しながらまた狂的な活力を漲らせて、その圧倒的なパワーで「大地」を「獣」を「人」を同様に操り、同時に狩り獲っていった。この国はこうして「開拓」されたのである。
『混沌』はしかし、もとより「開拓」されるはずもなく沸々と沸騰しながらいつでもそこにあって、人智を凌駕することがまるでその目的であるかのように住人を甘言で釣り上げては奈落に叩き落す。
そしてこの惑星において最近の地獄は、確かに15世紀末年末月末日そこにあった。『混沌』は実体化してその複眼を開き、空間に現出した。
惑星のコアから噴出するエネルギーに跨り、爆笑しながら『混沌』は駆け巡る。
凄まじい瘴気を撒き散らしながら、『混沌』は潜り、流れ、溢れた。
大地は沈み、分断され、荒れ果てて散る。
消滅していく生物の体液とコアからの波動によって海の塩分濃度は以前の300%以上に達した。
好き放題に暴れまわった『混沌』は、一旦空を駆け、何を思ったのか急上昇を始めた後、惑星地表より1200光年離れた空間から一気に堕ち、地表に1/10000ミリの孔を穿って瞬時にコア中心に到達、透明で柔らかくしかしいかなる波動にも無反応な殻を形成し、そのままその内部で複眼を閉じた。その激突時の衝撃から惑星上に残された大陸のほとんどが北半球に動いた。
『混沌』の寝息は風に乗って大地をしばらく揺るがしていたが徐々に安定し、破壊活動から50年の後、その寝息によって運ばれた種子は大陸から分断された、かつて「移民の国」と呼ばれた国の一部である弓状列島の中央、南側の先端に定着し、3日で空を覆うほどの大木となりたわわに実をつけて、飢えた命を救い続けた。その実はまるで涙の滴が零れるように、もがれるとすぐに枝から膨れてきて尽きることはなく、飢えた命もそれを取り合って争うことはなかった。
『混沌』の実によって生きながらえた命たちは、そこから得た未曾有のエネルギーを以って、500年後の今日、「現代」を築き上げ、豊かに享楽の日々を謳歌している。
わざわざ確認するまでもないが。
これは『複眼の混沌』による壮大な奸計にほかならない。
ほら、コアの中心で、その7つある口の中、触手のように蠢く無数の小さな牙の先端を伸ばし、自らの腕に足に顔面に生殖器に肛門に突き刺しながら全身を震わせる彼の複眼を覆う瞼が、開きそうだ。薄く・・・薄く・・・薄く・・・。
>つづく