もの心着いた頃。とは言ってみたものの、もの心というものがどんな心なのか?と言うことについてはっきりと答えられないので具体的な年齢は言えないがうっすらとした記憶さえないような昔から私は「無理。」と、何かにつけてそれが口癖のように舌を滑って出るようになってしまっていて、だからそうねぇ、あんまり人から頼まれ事を頂戴しなくなって楽でよろしいのだが成り行き上やはり知人友人という存在が極端に少ないというか寂しい人生を歩んでいる現在である。


 だが、ガキの頃は今ほどポツと一人部屋に籠もり続けていたと言うこともなく、ごくふつうに学校にも通っていたし、元気に屋外を走り回り、はしゃぎ回り、度が過ぎて友人らと喧嘩になってぼこぼこの袋叩きにあって骨折したりだとか、戦争ごっこに興じていて「無理。」といいながらも戦場となっている木材置き場でこそこそと逃げ隠れしながら偶然眼前に現れた敵の歩兵、学校での通称「ピー」を捕らえてしまい、捕虜として自陣に連れ帰って特に聞き出すこともないのにみんなで相談して拷問しようと言うことになったからさぁ大変、いやがるピーを材木に縛り付け、その手に着火したクラッカーを握らせて爆発させた挙げ句、哀れにも掌の皮がずる剥けになって泣いているピーのロープをほどいて戦場に置き去りにしたまま帰宅し、晩飯に鯖の煮付けを喰っていたのだがそうしたらピーの親が怒鳴り込んできてしまって、我が父はへこへこと頭を下げていたにもかかわらず勇猛果敢な我が母はそんな父を張り飛ばし、さらにピーの父母をも張り飛ばしてしまって我が家庭はいよいよ孤立してしまって、その獰猛な母の噂が広がってしまった私もまた孤立してしまって寂しかったそのころについていた私のあだ名は「無理」。


 はっきり言ってムカついていたね。そのころ。「無理。」と呼ばれる私の心。私の気持ち。確かに普段から友人知人両親教師親類縁者のだれから何を言われてもとりあえず挨拶のように「無理。」とひとまず口にしていた私にも問題はあるかもしれない。だが、だからといってそれをそのまま愛称にされてしまってはミモフタモナイというか、だいたいに於いて体裁が悪い。小学生くらいのガキというのは無分別、無礼、無思慮でその上意地が悪いのだ。天下の往来で私を大声で「無理無理無理無理、オーい無理!」と呼びくさる。呼ぶと言うより、叫ぶ、絶叫する。しかも大群で咆吼しやがるから往来の人間は白目を剥いて驚きそして、一旦は叫ぶガキ連中に目をやるのだが最終的には呼ばれた私を凝視し、ぷぷぷと笑うのだ。糞野郎共。


 更には両親に手を引かれ、幸せいっぱいで部落銀座商店街をそぞろ歩いていた私を発見した薄汚く不幸にまみれた泥人形のようで鯖臭いガキ共は「なんだなんだ、オイ、戦争しようぜ拷問しようぜピーの野郎をよ!なっ無理、無理無理無理、無~理、無理!」と全く思考することなくその混濁した脳の中身を直接ぶちまけるような嬌声をあげて走り寄ってくるのだ。ぷぷぷと近隣住民から笑われるのだ家族全体が。バカ野郎。意地汚い反吐ガキ。痔瘻の住処。垢人形共めが。けっ!低脳。


 我が子がそんなことを言われても父は恥ずかしげに俯いてへへへと笑うばかりだし、母は豪快にガハハと反っくり返って笑っていたのだ私の両脇で。親も親だ、痔瘻の住処、垢の浮いた風呂桶、かっ!低脳。


 オレンジに焼ける夕方の空は部落の空でも美しくて唯一、ねじれた私の心を癒すものであった。
 私はヘドロの浮く臭い川の土手に寝そべり、夕焼けに心を癒されるのが日課であったのだ。

 そうしてすっかり心を癒されていたその日。あ、またあいつらだ、死ねばいいのに。
 もう文字にするのも嫌になる「無理。」の連呼によって癒された私の心は一気にささくれて殺気立つ。
 ほんの些細なことなのである、こうして大人になってから考えてみたらそんなことは。悪口とも言えない程度の悪ふざけである確かに。
 だが、その当時の私の精神状態はこの無礼な徒名によって全く追いつめられていたのであってもぅ、ぶちキレる寸前だったのだ。
 親も助けてくれるわけではないし敵は増長してますます「無理。」の連呼は激しくなるしで当時、私の頭の中には文字通り寝てもさめても「無理。」が響き続けていたのだ。


 だったらまず自らを律してそんなことを言われなくても良いように「無理。」というネガティヴ・ワードを発声しないようにすればいいじゃないか、そうすれば敵方だって「無理。」の連呼をする理由をなくして言わなくなり、あなたの悩みも解決するのだから。だからそれはおまえが悪いんだよ、バカ。と、こんな事を言うやつ、てめぇ、ぜんぜんわかってねぇよ、わかってませんよ。こういった事というのは事後になっていかに自らの行動を改善したところで治まるものではないのですよ。なぜなら鯖小僧共の罵倒はすでに私の口癖とは無関係になっていて、単に囃し立てたいから囃し立てているだけなのだからですよ。へんてこりんな徒名をつけてそれを全員で詠唱し、小馬鹿にする。鰯の鼻くそ程度の脳しか持たない奴らの思考はそうなのだよ。大人のあなた。


(後編に続く)


だいぶ前にとある投稿サイトで公開していた作品であります。

最近またこの手のスカムな小説を書きたいと、初心・・・でもないんだけど、ちょっとそのころに戻る心持ちで公開してみたいと。今、私の心的にキーワードはスカム(笑)