昔、冬の短い期間だけ、お惣菜のお店でバイトしていたときのこと。


夜中の決まった時間になるとやってくる

おばあさんがいた。


1杯いくらのおみそ汁の具を

具だけすべて汲んでいってしまったり


ギョウザのごげがあたっておなかを壊したから

今日買うギョウザを半額にしてくれとか


ビニール袋・箸・輪ゴムなど

気が済むまで要求してくる。


規模はおにぎりひとつに、ビニール袋10枚くらい。


最初は駅前の支店に出没していたのが

彼女がやってくると

お惣菜をすべてしまってしまうようになり

とうとう、お店の幹部が出入り禁止を言い渡したそうだ。


そしてしばらくしてから

わたしがバイトしていた、駅から離れた支店に

やってくるようになった。


真冬の寒い日も、人のいなくなる、夜中に。


最初は変わった人だなぁと思って

あまり気にとめていなかった。


そのうち店内で話題になり、気をつけるように言われた。


そして次第に

お店 対 老女 の構図ができあがっていったようだった。


私が店番の日に当たると、

彼女はおにぎりを注文し、

ご飯の量を増やすように要求しながら

私とペアを組んでいる男性店員の

愛想の悪さを言ってくる。


その男性店員は愛想がないというか

もともとあまり表情のないタイプだったので

そのことを言っているのかと思っていたが

どうやら、その頃には

完全にお店との戦いになっていたようだった。


彼女は

たぶん、一人暮らし。

たぶん、年金暮らし。

たぶん、そんな近所に家があるわけではない。

たぶん、ネコが友達。

たぶん、いろんなところで出入り禁止。


生きていて楽しいことあるのかな、などと余計なお世話ながら

心配になった。


ある日、彼女は店の外がら覗き込んでいた。

寒かったので、どうぞお入りくださいと言うと、

中に入らず

店内に置いてあるギョウザを指さし、

焦げているから半額にして、と言ってきた。

前に焦げたギョウザを食べておなかを壊した、とも。


ギョウザに焦げはつきものだし

そんなに真っ黒焦げでもなかったが…


それに、嘘かもしれないけど

もし、本当におなかを壊したのであれば

焦げじゃなくても飲食店だから大問題だと思い、

「大丈夫でしたか」「まだおなかは痛みますか」

「お医者様にかかったのですか」

と質問したら、

「正露丸飲んだら治った」とのことだった。


おなかを壊したギョウザでも食べたいものかな、と思いつつ

半額にはできないこと、

焦げがひどいと感じるようであれば破棄処分にすること

体を大事にしてほしいことなど

を伝えた。

するとあっさり引き下がった。


その日はとても寒い冬の夜だったので

もしかしたら、さみしいのではないかと思って

ほかにお客さんも来なかったから

掃除の仕事を後回しにして

彼女と少し会話をしてみようかと思った。


寒いからと店内に入り、

いつものようにシャケおにぎりを注文しながら

小銭を探している姿がとても小さく見えた。


そのとき、彼女が手に持っていたのは

少し前まで販売していたアニエスbのピンク色の小銭入れだった。


妹が同じシリーズの財布を使っていたのを思い出し

「その小銭入れ、とてもかわいいですね」

と言うと、

「そう?」

なぜかうつむいてしまった。


「アニエス.bですよね。いいお財布ですね」

そう言いながらおにぎりを袋に入れて渡すと

かぼそい声で

「ありがと…」

と言った。


その日は珍しくたくさんの箸やビニール袋を要求せず

(でもしっかり2名分程度)

帰って行った。

それからしばらく姿を見なくなった。


その後、私は急な目の病気になり、休んだままバイトを辞めた。

だから、彼女がその後どうなったのか知らない。


今でもわからないのは

前に出入り禁止にした、駅前の支店が

正しかったのかどうか、だ。


ひとりの(迷惑な)お客さんが来ると

お店の品物をすべて隠してしまう。


駅前だからいろんなお客さんがひっきりなしに

来ていたと思う。

大変だったし、ストレスだっただろうとも思う。


浮浪者が暖をとりに入ってきて店内をうろついたり

お惣菜をつまんでしまったことも少なくなかったようだ。



でも、

今でも、そのお店の前を通るたびに

ベストの対応だったのか。

もっとほかにあったのか。

どうすればよかったのか。


モヤモヤと心にひっかかる。

サービス業で十数年働いた今でも、答えが出ないでいる。