ここは日本です。
その日本に日本人として生まれ、育ち、暮らしている、血統的には日本人と呼べる人達の大多数が日本人ではなくなっています。

「公より自分」という個人主義者の蔓延、拝金主義という価値観への汚染、日本の精神文化に対する無知。
礼節の喪失、もてなしの精神の喪失、他を敬い他を尊重する心持ちの喪失。
「持ちつ持たれつ」を忘れた思い上がり、「お互い様」と言って助け合おうととしない、「おかげさまで」と感謝できない。
もはや日本人とは呼べない日本人が圧倒的多数になっています。

私の所属宗教団体には「子供に未来を手渡そう」というスローガンがあります。
その意味するところの一つは、『日本精神を子供に伝えましょう』だと思うのですが、こういうスローガンができるという事自体、できてない事の証しだと思われます。

拝金主義者同士で結婚し、そこに生まれた子供は拝金主義者として育ち、公を重んじる志の尊さに価値を感じる事ができません。
個人主義者同士が結婚し、そこに生まれ育つ子供には他を敬う心も、他を尊重する心も、世間様に感謝する心も持ちません。
我が国の伝統や文化を知らず、日本国民として自信も誇りも持たない者同士で結婚し、そこに生まれた子供が日本人としての自信や誇りを持つ事はあり得ません。
かくして、日本人絶滅の危機に瀕しているのが我が国の現実だと思います。

狼に育てられた人間は、狼として育ち、人間になる事無く、狼のまま死んでいったと言います。
日本人を育てるはずの親が絶滅の危機に陥れば、子供達は日本人になれないまま死んでいく事になります。
これは絶望的とも言える我が国の現実です。

「子供に未来を手渡そう」と言われてどう行動するか。

日本人子弟を育てられる両親となるよう、未来の夫婦の育成を目指す。
それが久野潤先生による歴史勉強塾であり、未婚の若手に運営を任せる理由です。

微力とはいえ、その学生グループは誕生から発展を続け、去年の8月の発足時点で4人だったものが、半年ほどで20人程になったと聞きます。
滋賀に生まれたそのグループは今や、大阪れきべんの運営を支援するスタッフとして旅立つ者もいれば、別動隊は久野先生+武藤貴也先生という真の国家観念を持った勉強会を新たに立ち上げるという動きまであります。

実現してしまえば『そんなものか』ですが、1年前の4月の時点で今日の現実は夢のまた夢のそのまた夢であり、当時は雲を掴むような空想物語だったものが、今は現実のものとなっています。
その発展に寄与していきたいと思うのはもちろんですが、今一つ私には雲を掴むような夢物語があります。
それは親との同居、生まれ育った土地に留まってもらう事です。

土地の文化というのは独特なものです。
これを衰退させる事無く、地元に留まり、親と同居し、土地の伝統と文化を継承すると共に、生まれ育った土地が仮に過疎化の進む街であったとしても、そこで子孫を繁栄させ、過疎化を防ぐどころか、土地の文化の興隆を企図する。
また親と同居する事で、その土地に伝わる伝統、文化、言い伝えを継承し、伝統文化無き都市への人口流出を阻む。
郷土に誇りを持ち、郷土を愛し、郷土の発展に寄与する若者を増やす。
自分の郷土を愛してこそ生まれる国家観念と愛国心を育み、国家観念を持った日本人を増やす、そんな事を夢見ています。

既に壊滅的な打撃を受けている過疎地ですが、若者が留まり、貧しくとも郷土の為に生きる風潮が復活すれば、どれほど日本文化の維持と発展に貢献できましょうか。

日本人を育てる日本人の親を増やす活動は、まさに「子供に未来を手渡そう」そのものの活動だと思うのです。

生まれ育った土地を離れないで欲しい。
生まれ育った土地に、貧しくとも留まり、そこで結婚し、子を生み、郷土の発展に尽力して欲しい。
そのような心持ちが日本人子弟を育てる親足り得るのだと思うのです。

日本人の絶滅を防ぐ手立ては他にもあるのかもしれません。
微力であっても一人一人が日本人子弟を育て得る若者を応援する。
そうする事で日本が日本らしさを取り戻す。

私は老体であり、残念ながら直接的に日本人の隆盛を行える時期を終えました。
ですがまだまだ間接的には貢献できます。

日本に日本人を増やし、日本独特の、それは人類最高の国を維持する事。
そういうところに尽力していきたいと、老体ながら思うところです。