最近よく映画になっている藤沢周平小説を先日買って来ました。


藤沢 周平
決闘の辻

この手の剣術要素の入った時代小説は昔から読み出すと止まらない訳でありまして、ニ天の窟、死闘、夜明けの月影までを一気に読んでしまった次第です。


「ニ天の窟」では題名を見れば分かるとおりですが、宮本武蔵が主人公として出てくる訳です。我が愛読書「五輪の書」(武蔵が言うには「五巻」)の著者にして有名な剣豪の一人ですね。一部では剣聖と呼ばれてもいます。一般的に宮本武蔵と言えば比類なき最強の剣客として描かれていて、基本的に若き日の宮本武蔵が描かれることが多いですが、ここでは老いた兵法者、宮本武蔵として描かれています。


剣術遣いというのは、大体の場合身体が大きく、膂力に優れた者が多く、特にそういった場合老いては体力が持たなくなり、剣を振るえなくなってくるということが多いようです。勿論例外的な人物も多かったろうとは思いますが。ここでも老いて以前ほどの力を失った宮本武蔵の話が書かれていて、ある意味無敗の剣聖の新たな捉え方とも言えるのかも知れません。


実際の所、老いて尚剣が進化するという者は多いようです。老いるとそれまでの体力任せの剣は振るえず、根本的に剣の振るい方が変わると言われます。私が以前にやっていた剣道の世界でも8段以上の老剣士は身体の使い方を大きく変えていました。しかし、或いは術が磨かれれば、若き日よりも尚剣が進化することもあるように思えますね。宮本武蔵もまたその一人だという話を聞いた事があり、武蔵自身が「若い頃の自分はまだまだだった」と言っていたそうです。そういう点から見れば、この話の内容は少し違うな、となるのかもしれませんが、老いた兵法者がどのように散り行くかという意味で、実は若き日の武蔵にはない非常に面白い内容になっています。


また「死闘」では神子上典膳(ミコガミテンゼン)、後の小野次郎右衛門忠明(小野派一刀流開祖)の話です。この話でも老いた伊藤一刀斎(一刀流剣術開祖)について書かれてあり、老いた剣豪の末路を描くものともなっています。実は主人公を典膳としていながらも、老いた伊藤一刀斎について深く書かれてあるような気がします。また、小衣(コキヌ)という女性を付け加え描くことで、面白味を更に引き出すことに成功している気がします。


元々の話は一刀流継承をめぐる、一刀斎の弟子善鬼(ゼンキ)と典膳の決闘なのですが、この弟子善鬼は一刀斎の命を狙っていたという話が伝わっています。この話の中での善鬼の設定は老いた一刀斎を凌駕する力を持った善鬼が師匠を殺し、一刀流継承の証である瓶割刀を奪い、一刀斎が買った女である小衣を奪おうとしていることになっています。なかなか巧い設定だなぁ、と思います。老いた一刀斎は善鬼には流名そして女を渡したくないが為に、典膳と決闘させ、善鬼を殺させようとする訳です。そして結局典膳が勝利を収め、流名を継承する訳ですね。個人的にはこの神子上典膳には結構興味があったのもあり、なかなか楽しめました。


神子上典膳は後に徳川家兵法指南役となるのですが、もう一人の兵法指南役である柳生又右衛門宗矩の実子である柳生十兵衛三厳と試合った所、三厳は何も出来ないままに典膳にやられてしまったという話があります。典膳がどれ程腕であったかというのが分かる話ですね。そういう意味でも典膳の術、古の一刀流には非常に興味があります。


「夜明けの月影」は変わって柳生宗矩を主人公とした話。柳生宗矩が自分を憎む剣客と決闘をするという話です。ここでも老いた柳生宗矩について書かれていて、この「決闘の辻」には老いた剣豪というのを描くというのをテーマの一つにしているように思えました。いや、なかなか面白いです。


実は初藤沢小説です。個人的には結構池波正太郎が好きで、以前は池波正太郎の小説を頻繁に読んでました。藤沢作品は今まではよく映画化されたものを見ていました。藤沢周平氏の作品を手に取ることが出来た機会に感謝です。