HSPを探せ!【その6】あって良かった想像力! | ノラとハナウタ

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自分の最強の味方は自分じゃない?
色トリドリの自分を楽しんで行こう!

想像力求む!

つい先日、ちょっと痛みが長引いていた左膝の治療に行ったのですが、そこの先生が面白い方で毎回世間に対して諸々思うことなどを聴かせてくれるのですが、

「最近、想像力の欠如も甚だしいヤツが多いよね?」
って話しで、同意しかなかったでっす爆  笑
 
今ってほんと、
「それでいいのーーー?」
って大声で尋ねたくなる様なことが多くないですか?
 
店員さんの対応やら、宣伝用のポスターまで、
『誰がOK出したの? 誰も止めなかったの? マニュアル自体が間違ってんじゃない?』
みたいな『意味不明』、もしくは『本来の目的を果たしてないけどノリでいいの?』な物事を目にすると、やはりですね、
*ついミスに気づいてしまう、
*つい今後の流れが分かってしまう、
*ついペラっと突っ込んでしまいそうになる、
*言ったところで否定されるから言うべきか迷う、
だから黙っている』…ことを選んでしまいがちな人たちに、

「今こそ出番です!」

と言いたいです。

 
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恐れを越えるには?

「もういい加減、黙ってないぞ!」

とか、

「これをやると決めた!頑張る!」

と決意したのに、波に乗れない自分がいる。

恐れて立ち止まり、

「いや、私なんかが出来るわけないわ」

と引っ込みそうになった時、何が自分の足を止めているんだろう。

 

かつて味わった恐怖とか、失望、絶望?
それらが、
『またあの時みたいに?』
と鮮やかに蘇り、怖くて怖くてドキドキする。
 

私たちは何かしようにも、かつての恐怖や失敗がリアルに思い出されて行動出来ないってことは当たり前にあるし、なにしろ過去を忘れろと言われても、ショックや刺さったことに対する記憶力が良過ぎる…。

 

ただ、怖かったり、迷ったりした時に疑うべきは、自分のことではなくて、

『これって思い出し恐怖かも?』

ってこと。

 

思い出し恐怖って、『思い出し笑い』のようなもの。

ふと思い出して笑ってしまう思い出し笑いと同様、ふと思い出して「怖っ!」ってなってるだけかもよ?って、恐怖自体を疑ってみる

 

そして疑いつつ眺めて欲しいのは、怖がっているその『状況』は、継続的に続いていることなのか、それとも、『今後こんなことが起きたらまた傷つくから覚えておこうよ!』と、かつて記憶したことなのか。

 

よくよく思い出してみると、それは過去のことだったりしませんか?

 

引きずってる自分が悪いなんて思う必要はないし、自分の話せるタイミングが『今じゃない』と思うなら、人に傷を見せるよりもまず、
「怖い!」
と言える場所、人を確保すればいいだけ。
 
「怖い!」と言える場所はありますか?
「私、こういう状況怖いんだけど!」
ってチラッとでも言えると、ちょっと恐怖を分け合えてラクになれたりするから。
 
誰になら言えそう?
誰なら聴いてくれるかな…
ちょっと考えてみて下さい。

 

セッションやカウンセリングでそれを『克服する』という言い方だと、

『あったらダメなんだ』

と思いがちだけれども、イマドキの癒しやカウンセリングはかなり身近になって来ているので、最初から克服すべし!と力むより、信頼できる方のもとへ行ってじっくり取り組むもの良いと思うのですが、案外、皆さん行かないという…ね。

 

そういうところに行かないとダメなの?という不安に答えるならば、

私個人の考え方としては、傷とは共存しつつも、

『でもさ、過去のあの時の自分からは、ちょっと進歩してると思うんだよね…』

って、本来の自分を信じる方を優先しています。

 

繊細オブ繊細さんからしたら『簡単に言うな』って感じかもしれないけど…。

 
でも、ちょっと深追いしたいのだけど、
他の人がさっと行動して駆け上がって行くのを見て、
「あ、先に行ってしまったー(涙)」
とか、
「私も行けるはずだったのに行けなかった!怖がってばかりで情けない!やっぱり私ってダメなんだ…」
って思ったとして、自分の気持ちに深く潜ってみたら、言うほど羨ましくない自分が居たりしませんか?
 
『まー今回は見送って、時間出来て良かったわー』
って思うのもアリなのに、行動しなかった自分をまず責める。
本当に自分に厳しい!
誰かが先に走って行くと、突如として行けなかった自分を責め出すという…。
 
もっと自分に優しくして?
他人より、まず自分の気持ちの落とし所に向き合わないと、『ダメだった自分』しか残らない。もったいなーい!
 
では、恒例の刷り込みタイム!
 
りぴーっ、 あふた、みー!
 
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恐怖は自分を騙すけど、
違和感は自分を騙さない。
 
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もうこれに尽きるんですよ。
 
恐怖って人を騙すんですよね。
怖いだろ、やめておけよってささやく。
で、やめよっかなぁと思う。
やめたのは自分なのに、誰かが先に行くと途端に自分も行けた気がしたり、行けない自分にダメ出しをしはじめたりする。
完全に混乱が起きてますよね。
 
なのでね、恐怖の種類を見極めて、本当の自分は
『最初から行動する気はないけど、行けない自分を責めておくのがクセ』なのか、
『行動したいのに過去に引きずられている』だけなのか。
どっちなのかまず、自分に確認する。
 
過去の亡霊を感じたら、今いる状況の確認、今いる仲間への声かけ確認で、『お、出来るかも?』に変わる可能性アリだと思うんです。
 
もうひとつは、違和感は自分を裏切らない
なんか変、
なんかイヤ、
「え?みんながこの人が素晴らしいっていうけどマジ?」
みたいに、周りはさておき、自分の中の『ん?』を大事にする。
 
仕事でも、友人関係でも、

『あ、それは無いな』とか

『強引過ぎじゃない?』という違和感があるのに、

なぜか『断れない理由』を数え始めがち!

 

とはいえ上司が言ってるし…とか、

とはいえ友達は乗り気だし…って。

 

私は、断る理由を先に探しておきます。

いつでも断れる状況にしておいて、余裕を持って状況を見直すと、ぎりぎり手遅れにならずに済む様です(当社比)。

チキンなりに余力を守るって感じですがー爆  笑

 

逆に、

「そんなことやめなよー!絶対無理だって!」

という言葉に違和感を持つこともありますよね。

 

それって、相手の操作を感じるから違和感になると私は思っています。

 

『アタシが決める!』と本当は思えているってことなので、

「やるじゃんアタシ、見抜けてるよねー」

って自分を褒めます。

 

自画自賛しかないですよ、誰も褒めてくれないならね!

別に寂しくないし、むしろ自慢だよ!爆  笑

 

 

自分の最強の味方は自分です

結局は自分を理解すること。
そして誰かに理解されることは力になります。
 
すごく怖いと思っていても、誰かに話せたり、大丈夫だよと言われたりしただけで案外、元気が出たりする。
(但し、薄っぺらい励ましや、声かけだと「は?」となりがち!私たちは上っ面の言葉に気づきがちなので、自分が信頼できる人にこぼしに行きましょう爆  笑
 
私も散々黙りこくって自分の中で討論会をして決断して来ましたが、口から出すことであっさり「だよね」と思える自分を発見できたりして面白いなと思う今日この頃です。
 
なのでね、探すのはHSPだけではなく(←今更タイトル全否定爆  笑)、自分に理解を示してくれる人を探して行きましょう。
 
信頼が全て。
誰かが味方であること、受け皿があるってことが自分を強くし、安心させてくれると私は思っています。

 

 

想像力は使いよう

結論まで長いっつーの!

と自分に突っ込みつつ締めますが、理解者がいることと、自分を信じることができれば、あとは何もいらなくない?って思う。

 

「それおかしいでしょ?」と思った時に、嫌がられる自分を想像するのではなくて、そのおかしなことに遭遇して困っている人たちを想像すると、案外意見できますよね。

 

自分の不都合を伝えるのは下手でも、人が困っていることを解決したいと思う気持ちは強かったりします。

以前お話しした、私たちにありがちな『正義感』です。

 

そのまま出したらお客さまが困るんじゃない?

そのまま言って通じる人、いないんじゃない?

と疑問に思うことって人として、仕事として、会社として、必要な想像力だから、ぜひ自信を持って発言してみてはと思います。

 

結果、玉砕ならばあなたを理解してくれる人に

「通じなかったわー」

と泣きつくのもいいじゃないかと思うし、

「いや、よく言ったよ、アタシ!少なくとも人の立場に立って意見できたよ!」

と労うもよし。

 

できた事を喜ぼうじゃありませんか照れ

 

 

 

次回は最終回、

『まとめ!』でお会いしましょう!

 

 

では、

またね!

 

 

夜行性のはずが、猫の方が先に寝てるってどうなの…。

 

 

 

 

2022.06.29

02:00