想像力求む!
つい先日、ちょっと痛みが長引いていた左膝の治療に行ったのですが、そこの先生が面白い方で毎回世間に対して諸々思うことなどを聴かせてくれるのですが、
「今こそ出番です!」
と言いたいです。
恐れを越えるには?
「もういい加減、黙ってないぞ!」
とか、
「これをやると決めた!頑張る!」
と決意したのに、波に乗れない自分がいる。
恐れて立ち止まり、
「いや、私なんかが出来るわけないわ」
と引っ込みそうになった時、何が自分の足を止めているんだろう。
私たちは何かしようにも、かつての恐怖や失敗がリアルに思い出されて行動出来ないってことは当たり前にあるし、なにしろ過去を忘れろと言われても、ショックや刺さったことに対する記憶力が良過ぎる…。
ただ、怖かったり、迷ったりした時に疑うべきは、自分のことではなくて、
『これって思い出し恐怖かも?』
ってこと。
思い出し恐怖って、『思い出し笑い』のようなもの。
ふと思い出して笑ってしまう思い出し笑いと同様、ふと思い出して「怖っ!」ってなってるだけかもよ?って、恐怖自体を疑ってみる。
そして疑いつつ眺めて欲しいのは、怖がっているその『状況』は、継続的に続いていることなのか、それとも、『今後こんなことが起きたらまた傷つくから覚えておこうよ!』と、かつて記憶したことなのか。
セッションやカウンセリングでそれを『克服する』という言い方だと、
『あったらダメなんだ』
と思いがちだけれども、イマドキの癒しやカウンセリングはかなり身近になって来ているので、最初から克服すべし!と力むより、信頼できる方のもとへ行ってじっくり取り組むもの良いと思うのですが、案外、皆さん行かないという…ね。
そういうところに行かないとダメなの?という不安に答えるならば、
私個人の考え方としては、傷とは共存しつつも、
『でもさ、過去のあの時の自分からは、ちょっと進歩してると思うんだよね…』
って、本来の自分を信じる方を優先しています。
繊細オブ繊細さんからしたら『簡単に言うな』って感じかもしれないけど…。
『あ、それは無いな』とか
『強引過ぎじゃない?』という違和感があるのに、
なぜか『断れない理由』を数え始めがち!
とはいえ上司が言ってるし…とか、
とはいえ友達は乗り気だし…って。
私は、断る理由を先に探しておきます。
いつでも断れる状況にしておいて、余裕を持って状況を見直すと、ぎりぎり手遅れにならずに済む様です(当社比)。
チキンなりに余力を守るって感じですがー
逆に、
「そんなことやめなよー!絶対無理だって!」
という言葉に違和感を持つこともありますよね。
それって、相手の操作を感じるから違和感になると私は思っています。
『アタシが決める!』と本当は思えているってことなので、
「やるじゃんアタシ、見抜けてるよねー」
って自分を褒めます。
自画自賛しかないですよ、誰も褒めてくれないならね!
別に寂しくないし、むしろ自慢だよ!
自分の最強の味方は自分です
想像力は使いよう
結論まで長いっつーの!
と自分に突っ込みつつ締めますが、理解者がいることと、自分を信じることができれば、あとは何もいらなくない?って思う。
「それおかしいでしょ?」と思った時に、嫌がられる自分を想像するのではなくて、そのおかしなことに遭遇して困っている人たちを想像すると、案外意見できますよね。
自分の不都合を伝えるのは下手でも、人が困っていることを解決したいと思う気持ちは強かったりします。
以前お話しした、私たちにありがちな『正義感』です。
そのまま出したらお客さまが困るんじゃない?
そのまま言って通じる人、いないんじゃない?
と疑問に思うことって人として、仕事として、会社として、必要な想像力だから、ぜひ自信を持って発言してみてはと思います。
結果、玉砕ならばあなたを理解してくれる人に
「通じなかったわー」
と泣きつくのもいいじゃないかと思うし、
「いや、よく言ったよ、アタシ!少なくとも人の立場に立って意見できたよ!」
と労うもよし。
できた事を喜ぼうじゃありませんか
次回は最終回、
『まとめ!』でお会いしましょう!
では、
またね!
夜行性のはずが、猫の方が先に寝てるってどうなの…。
2022.06.29
02:00