<みんなそうかと思ってた!>
これって…、
(みんなそうじゃなかったのか…)
とびっくり。
そりゃもちろん、秘密って誰彼構わず話す訳ではないにせよ、自分で抱え切れなくなって口が堅そうな人に話すだけであって、私が聞かなければ『じゃあ別の人…』みたいに次々と語り先を変えて行くのかと思ってた。
ピンポイントで自分に旗が立っているとは思っていなかったんだけど、私めがけて来てくれていたのだとしたら感じ方は変わって来る。
一方的に寄りかかられて時間をいいだけ使われて、やんわりアドバイスしても結局その人は『そう出来ない』から悩んでいるんだから私が怒るのも違うし、『そう出来ないなら知らない!』とそっぽ向くのも違うと思う。
(…だがしかし、あたしゃ眠いし、明日も仕事なんだが…)
と思いながらの『朝まで生電話』は地味にこたえたし、
子供が家で待ってるのに呼び止められて重い相談を受け、
(ダメだ、帰れない…メシを作る時間がないから刺身でも買って帰るか…しかし、なんでアタシが出費を…(遠い目)
という状況になったりと、ひと言いっていいのなら、
『なんでアタシ? 聞きたがりでヒマそうなヤツ、いっくらでも居るよね?』
だった。
とは言え、人の話しを聞くことも、それを自分に置き換えてリアルに想像する事も出来るし、もうぐるぐる考えるのが趣味でもあったし(←私はHSP特性であるこのぐるぐる、結構好きです)、何よりその人の別の顔、奥底の想いに触れると、驚きと共にみんなに等しく悩みや辛さはあるんだなぁと感じられて、人間て深いなぁと思えていた。
私が他のHSPさんと比べて『自分が間違っている、嫌われてはならない、周りに合わせなくちゃ…』という感覚が少ないのは、こんな風に自分の『見せたくはない一面』を見せてくれる人が多かったからだと思う。
大抵の人が「私が間違っているのかもしれないけれど…」と始まるけれど、聞いているとどう考えても悪くない。
もちろん別のところに思惑がある事も、その人がそう言いたい気持ちも分かるので、ぜーんぜん悪くない理由だけを伝える。
これって相手に伝えつつも自分にも言ってるようなものなので(「そうなってしまう理由があるんだし、一方的に自分悪いワケではないよね」という事なので)、人の相談で自己肯定感を上げてる感もある。
人のフンドシで自己肯定感…みたいな(←言わなくていい)。
では、またね!