Pan Pacs 2018を、レース分析スタッフとして辰巳の最上階から観察していました。

環太平洋岸のトップスイマー、とりわけ普段見ることができないアメリカやオーストラリアの世界記録保持者たちのパフォーマンスは、彼らがビッグミート明けだったり、オフシーズンだったりしたとしても、掛け値なしに楽しめるレースが目白押しだったかと思います。

 

個人的に驚いたのは、初日の混合400メドレーリレーのアンカーとして泳いだ、オーストラリアのキャンペルの50秒93(前半24秒26)と、男子400リレーでブラジルのアンカーで泳いだペドロの46秒94の劇泳。男子のリレーレッグの46秒は、北京五輪や2009年世界選手権など、高速水着時代の歴史を辿ると他にもいたかと思いますが、女子の50秒はそう見ることはありません。私自身は生で観たのは初めてです。ていうか、厳密には他のチームの選手のストロークを数えていたので、凝視したわけではありませんが(笑)。

この二つのパフォーマンスが、単に引き継ぎがあって速かったのか、リレーならではの他の要因が含まれているのかは定かではありませんが、私自身も、個人レースとリレーで1秒違う人なので(笑)、大いに興味があります。きっと専門家が分析すると思いますので、その結果を期待して待ちたいと思います。

 

さて、先日来話題になった、慶応大の成田健造先生の論文による「バタ足論議」ですが、ここでは「じゃあバタ足って何でやるの?」という目で、ケイティ・リデキー選手の泳ぎを観てみましょう。その方が説明が早いので(笑)。

動画の4分30秒あたりと8分35秒あたりで、彼女の二種類のキックの使い方を、水中から観ることができます。

 

SSSの練習会でもやったのですが、プルブイなしで「ノーレッグモーション・プル」でクロールを泳ぐと、足が沈んでいきます。その現象はテンポを上げれば上げるほど、強くなることを体感することができます。これが以前、早稲田大学の矢内先生の論文で示されていた現象です。詳細は下記リンクよりお読み下さい。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S002192900000186X

ざっくり要約すると、プルのエントリーからキャッチに移行する少しの間、手や前腕は水を下方向へ押します。それによって上肢に上方向への浮力がかかり、脚(足)は沈む方向へと力が働く。そこで、バタ足をすることで脚(足)で水を下へ押して、足が沈もうとする力をチャラにして、身体を水平に保つことができている…という感じです。

バタ足は、単に前に進むために必要なのではない…ということをまずはおさえておきましょう。

これは、有名なカウンシルマン博士の著書、The Science of Swimmingに掲載されている図です。長く水泳を見ている方はご存じのヤツです(笑)。よくマスターズのレッスンでもこれを用いて、バタ足のトレーニングのモチベーションにしています。

そもそも、バタ足(足の甲や足の裏)で生み出せる推進力には限界があります。水を押す面が小さいし、後ろに押せる時間が極端に短いからです。もちろん、下に水を押すことで身体を水平に保てるのですが、それには、それほど強いキックは必要ありません。

それが、リデキーの最初の水中映像(動画の4分半くらいのところ)で確認できます。緩いペースを守っている間、彼女はそれほどキックを打ちません。軽く蹴ったら、すぐに足(踵)を水面に戻しているのが見てとれます。打ち下ろした足自体が水抵抗を受けないように、すぐに踵を水面に戻しているわけです。成田先生の論文は英文なので、スタンフォード大で勉強するほどの頭の持ち主であるリデキーも、きっと論文を読んで泳ぎで実行しているに違いありません(笑)。

 

しかし、リデキーのレース後半の動画(8分半くらいのところ)では、割と幅広く4キックを打っているのが見てとれます。

キックの蹴り下ろしから蹴り上げの切換えのところの流体力の使い方など、この動画から読み取れる重要なポイントはいろいろあるのですが、長くなるので(笑)、なぜ彼女がスピードを上げる時にキック数を増やすのか?についてのみ、ここでは触れておきます。

 

成田先生の論文では、泳速度が上がるほどキックの足が抵抗になることを指摘しています。

カウンシルマン博士が、前輪(プル)が速い速度を作れて後輪(キック)がそれより遥かに劣ると、全体を同時に動かした場合、スピードは劣っている方へ引きずられる…ということの理由を、成田先生の論文は非常にクリアに説明してくれていると思います。

そういう目線で見ると、リデキーの右足のキック幅が比較的小さいのは、ああなるほど…と思えますし、左足がアクセントで強く入る瞬間は、右手がグライドからキャッチに入る瞬間。すなわち、足が沈もうとする力がピークになるところですので、左足を深く打つことで、身体を水平に保っているわけですね。やっぱりあの論文読んでるな…と勘ぐってしまうわけです(笑)。

 

800の泳速度のように、腕で生み出している速度と、足で生み出している速度の差が比較的小さい場合は、彼女のようにキック数を増やすことで、ペースの維持やスパートに貢献できるということです。勿論、一般的には世界記録レベルなので速いのですが、水中を人間が移動する絶対速度としては、それほど高いわけではないという意味でです。

これは勿論、足そのもので生み出せる速度が高ければ…バタ足が速ければ、という条件つきです。リデキーは、多分キックが平均以上に速いのだと思いますし、同様の理由で、6キックで1500を泳ぐトップスイマーは、珍しいけど明らかに存在しています。恐らく400くらいまでの泳速度では、腕より足の貢献度は低いものの、キックが強くなればそれなりに貢献はできる(勿論、打ち方の問題をクリアするという条件付きで)ということです。これが、カウンシルマン博士が車の前輪と後輪に例えている話しに通じるのです。

 

問題は、短距離自由形はどうなのか?ということですが、恐らくここで、成田先生の指摘をしっかり聞き入れて、キック幅や打ち方の動作感覚を再構築する必要があると考えています。それについては更に長くなるので、また気が向いたら書こうかと思いますが、ヒントは、藤原勝教選手のキックです。1990年当時板キックで50を27秒で泳いでいた男(代表合宿の時に、フィン使って競争して負けた屈辱的記憶があります)から、再びこのことを学びなおすヒントになるとは思いませんでしたが…。

ちなみに、SSSでは最近、少しだけそういうエッセンスをキックのスプリント・トレーニングに挟んでいますので、体験したい方は、是非お越しください。

 

あと、ジュニアスイマーを育成しているコーチの皆様には、だからといってキックは不要…的な考えは捨てていただきたいです。キックの高強度インターバルや持久泳の練習は、ジュニア期には酸素摂取量を増やすために極めて重要です。ある年代・競技レベルまでは、スイムになるとスキルの要素が増え、運動中の心拍数が低くなることがあります。子供の場合、キックの方がシンプルで追い込みやすいのです。キックが下手な選手ほど、こういった体力は伸ばしやすいです。体力の土台を大きくするためにも、キック練習はしっかりと行って欲しいと、付記しておきます。