金曜日がレディースデーの銀座の映画館で、『チャイコフスキーの妻』を、見ました。









チャイコフスキーは、熱愛されて、結婚したけれど、結婚は、まもなく破綻して、精神を病んだとWikipediaにあり。映画の内容も、結婚したものの、妻からの熱愛に応えることもなく、妻からしてみれば、やっと結婚できて、独り占めできると思った夫との実らない恋、愛と言うよりも執着が描かれており、切ないと言うより、諦め際、往生際の悪い、悪妻に、逆にチャイコフスキーに同情してしまいました。


すれ違いどころか、強引すぎる愛欲に、チャイコフスキーでなくとも、逃げ出すかなーと。


チャイコフスキーは、同性愛者だったので、本当は、結婚しても、老夫婦のような静かな生活を期待したのだろうけど、妻はそれをゆるさなかった。結婚の条件が、兄弟姉妹のような間柄とチャイコフスキーは言ったのに。そばにいるだけで良かったはず。見ていられれば良かったはずなのに、チャイコフスキーが心変わりするとでも思ったのか。


若いから、仕方なかったかもしれないけれど、周りが見えず、自分のことしか考えられなかった。


本当にチャイコフスキーを愛していたのか?

狂気めいた妻を、歳の離れたチャイコフスキーは受け止められなかったが、素晴らしい曲を残したことは、私たち多くの後世の人々にとって幸福をもたらす。


チャイコフスキーは偉人だが、よりによって狂気じみた妻を娶るとは、いやはや、いやはや、巡り合わせとは、皮肉なもの。