”助監督くずれ”が書く ひとり言

”助監督くずれ”が書く ひとり言

      業界から落ちた還暦過ぎのジジイが、むかし話や今思っている色々なことを、とりとめなく書き散らかしたブログです

自分が子供を育てていた頃から比べると世の中はどんどん便利に進化している。

子供の写真を撮ってもカメラ屋で、現像して親に渡すには焼き増しして渡さなければならなかった。

しかし今はLINEや『ミテネ』というアプリで孫の様子が頻繁に送られて来る。

ありがたい限りである。

 

そして息子が仕事柄もあるのだろうが(保育士をしている)子供に対して実に丁寧にきちんと接している。

それを見ていると自分は果たしてよい父親だったのだろうか?と改めて自分自身に問い直してみる。

あの頃は助監督をしていて忙しい時は子供の顔も見れない長期ロケや 撮影所に泊まり込んだりすることが多かった。

土日祝日しか貸してもらえなちロケ場所の為に休日は撮影という日々に明け暮れていた。

 

もちろん撮影が終わると休みはあったが すぐ次の撮影の準備や前の作品の仕上にも顔を出したりもしていたので、それなりに忙しく過ごしていた。

確かに子供は可愛かった。 だから時間のある時にはお風呂に一緒に入ったり一緒に子供番組を見ていたり、幼稚園の送り迎えもしたりしていた時もある。

 

しかし継続的ではない。 断片的にやっていて忙しくなれば、ある日突然止まってしまう。

決まった時間に出かけて決まった休みがある人とは比べようもない。

 けれど…今は思う

もう少し遊んであげられたのではないか もう少し話をしてあげられたのではないか?

そんな後悔の念が押し寄せる

 

カミさんに話したら 『 いまさらそんなこと言っても・・・ 』 と

昔を思い出しながら怒り始めるだろう。

昔の記憶を辿りながら今頃懺悔しても、どうやら許してはもらえないようだ…


 この間 家に遊びに来た孫を送りながら 息子に話してみた。


『〇〇(息子の名前)を見てると

俺はあんまりいい父親じゃなかったんじゃないかなぁって、思うんだ』


そう言うと、息子はこう返事をした


『そんなことないよ!確かに仕事が忙しい時はあったけど、時間のある時はずいぶん遊びに連れてってくれたじゃない。俺今でも覚えてるよ』


『そうかなぁ…』


『スキー行ったり、キャンプ行ったこともあったし、』


『まぁね 』


『それに焼き芋の車に乗せてくれたじゃない。夜遅くまであちこち行って面白かったし、釜の火に薪くべたりするのも楽しかったし、なにより出来たての焼き芋を好きなだけ食べられて嬉しかったよ』


確かにそういうこともあったと思い出す。

行商は自分にとっては沢山辛いこともあったけれど、子供としては得がたい経験だったのだろう…


世の中には沢山の親子が居て、その数だけ色々な親子のスタイルがある。


良いにつけ悪いについて、それはそれぞれなのだ。

だから昔の自分を責めることもなく、過ぎた日を思いながら今の息子と孫の親子関係をこれから出来るだけ長く見ていられるように願うしかないのかもしれない。


もし宜しければ、下のブログも読んでみてください






 

今日は久しぶりに休みだった。

朝起きてカミさんと行きつけの病院に出かける。(車で20分程度)

診察券を出した後 今度は診察前までファミレスで、モーニングを食べる。

※3カ月に1回位の夫婦にとってちょっとした贅沢である

その店内は人もあまり居らず、静かにショパンの曲が流れていた。

ゆったりした時間…

1時間ほどして開業時間になり、また病院に行く。

その病院には30年以上前から知り合いの主治医がいる。

そこで毎日計測している血圧と体重のデータを見ながら診察してもらう。とはいえ緊張感は全く無く、雑談を交えながら和やかな会話が続く。

というのも、カミさんも私も高血圧の定期健診なのだから、気楽なのだ。

その後 薬局に行き 二人で買い物に家電量販店へ行く

かみさんは、買いたいと思っていた商品をさんざん迷った挙句今回は見送るという結論になった。

まぁ、そんなものだ… 結局家に帰って二人で地味に素麵を食べる。

 

その後眠くなり 昼寝をする。

お客様からの問い合わせで目が覚めてそのままデスクワークとなる。

休みと言ってもいつものことだ。 イライラしても仕方ない。個人事業主の宿命である。

 

夕方になり、街にはいつものチャイムが鳴り響く。 16:45分 

これを聞くと子供たちは家路を急ぐのだろうか? それとも塾に向かうのだろうか?

お母さんたちはパートの帰りにスーパーに立ち寄る時に聞くのだろうか?

私は工場に降りていき、溜まっている大きな網戸を五枚張替をした。

明日カミさんに、これを梱包してもらい出荷日を待つ。

こうして淡々と一日が過ぎていく

 

けれど私は この日が良い日だったと思っている。

こんなのは休みじゃない! とここまで読んだ方の中には思う人もいるかもしれないが、これはこれで私にとっては良い日だった。 良い休みだったと思えるのだ。

 

良い日だったとか 悪い日だったというのは 結局のところ個人の主観だ。

そしてここまで何事もなく無事に一日が終わり 明日への準備も整う。今日も予約が取れた。

商売が廻る こんなにありがたいことはない。

 

これから先 どれだけ良い日が増えるのだろうか? 悪い日が減っていくのだろうか? 

なんでもない日は どうなるのか・・・

でも、それもこれも全ては考え方次第なのではないのか??

この年齢になってこそ思う一日一日のありがたみが心に沁みていく。

 

望んでも手に入らなかったことを恨んで生きていくよりも 今あるものに満足する幸せがようやく

本当にようやく手に入ってきたことを思う 今日この頃

 

 

 

 

 

珍しく連日の更新です

寝る前に今日の仕事の事を思っていたらブログに書きたくなってブログ記事を書き始めています。

というのは、今日は網戸の張替が17枚あるというご依頼でカミさんと二人で出かけた訳ですが、東京は昨日の深夜から土砂降り状態。

朝も強い雨が降り続き、予報では昼までこの状態だという事でした。

張替はお客様の網戸を取外して車から作業台を出して作業します。

当然 雨が降れば作業効率も落ちます。
合羽を着てやっても部屋から外す時もに持ち込む時にも網戸を拭かなければいけないし、張替作業も雨の中でやるというのはネットが濡れているのでやりにくい。
憂鬱な気持ちになりつつお宅に伺うと なんと!お客様の家にはカーポートがありました! ※参考画像です 念のため
 
これは本当にありがたい! カミさんと二人で歓喜しました。
しかしそれだけではなかったのです。
なんと予報よりも早く天気が回復して、張替える網戸を外に出して作業台の前に並べ終わる頃には小止みになり、張替の作業をする頃には青空さえ見えてきました。
 
『 なんということでしょう! 』 
本当にお天道様に感謝です!
 
天気が良くて 風も吹かず 陽気のいい時に張替をしている時 私はこの仕事をしていることに幸せを感じることが多くなりました。
今のこの自分の状況にありがたいと思うのです。
※因みに宗教は一切やっていませんし、変な信仰心もありません!
 
仕事はスムーズに捗り お昼過ぎには全て張替が終わり窓への設置も終わるとお客様にも大変喜んでいただけました。
しかし会社に帰る頃には また天気が悪くなり 雨がぽつぽつ・・・
 
けれど 今度はその雨が止むと夕方には なんと家の前に見事な虹が現れたのです!
なんだったんでょうね 今日一日 って
 
もちろん 天気に左右されるって 私だけのものではないので この天気に良かった人も居れば 悪かった人もいるはずです。
 
今 助監督時代の頃を思うと、自分の考え方がずいぶん変わったなと思います。
 
ドラマのロケは天気に大きく左右されます。
雨が降れば中止になるからです。 でもおいそれと中止にはできない!
役者のスケジュールもあるし、ロケを中止にすれば大量のお金と時間が
文字通り水の泡となる訳です。
そしてその決定をするのはチーフ助監督だった私の役目でした。
 
前日から予報を見て考えて 現場で状況を睨みながらどうするかを考える仕事をしていました。
今日のように思ったよりも雨が降らないでスムーズに撮影が進んだこともあります。
その逆に雨が降りやまず中止を決めた後に 雨がやんだという不運にも見舞われたこともあります。
 
まくいけば それは 運も実力のうち! と根拠のない自信を深め
うまくいかなければ ツキの無さを呪い 雨女や雨男を探しはじめる。
それ以外の悪いトラブルは腹をたて 自分の不運とか判断力の甘さを
自分で責めたり 誰かに責められる日々。
 
 
でも、この歳になると思うんです。
 
”よかったなぁ… ありがたいなぁ…”  
 
小さな幸運や天気のことだけで 幸せになれるんです。
 
世の中の事は 仕事に限らず 人間関係に限らず 家庭のことに限らず
うまくいくことを前提に物事を進めたら いつか必ずどこかで転びます。
 
自分にとってそれは当たり前の筈なのに・・・ どうしてそうなるんだ!
どうして あいつはちゃんとしないんだ! 
何故俺の言う事を聞いてくれないんだ 
そう思ったら どんなことにも腹が立つし、 イライラもします。
そんな思いでいたら 仕事は往々にしてうまく回らないのです。
 
もちろん何事も全く期待しないで生きていくなんてことは 本当にムズカシイことだとは思うのです・・・
 
これがダメでも その一点だけを見つめないで この事象は将来的に見たら役立つことかもしれない。 という考え方や
今のこの状況は 今後の為 学ぶためのテキストかもしれないし
これは張り巡らされた伏線かも・・・ って最近は思うようにしています。
 
そしてうまくいったら  ああ、そうなんだぁ って感動して その幸せをしみじみ味わい尽くす。
 
ようやく 本当に 60を過ぎて 全部が全部じゃないけれど ようやくそう思える日々が増えました。
 
”今日一日” ”今週一週間” ”今月” ”今シーズン” ”今年” そんなスパンで物事を決めつけて見ないようにしてみませんか? 
もしかしたら 今日夕方見えた 虹みたいに 凄い風景が待っているかしれませんしね
 
長文ブログに最後まで読んでいただいた方へ 心より感謝申し上げます