”助監督くずれ”が書く ひとり言

”助監督くずれ”が書く ひとり言

      業界から落ちた還暦過ぎのジジイが、むかし話や今思っている色々なことを、とりとめなく書き散らかしたブログです

繁忙期になると朝早くから出かけなければならない。


朝5時30起床6時出発とか…

また多い日には6件とか回らないといけない。

誰が組んだ予定だ!と恨みたくなるが、自分自身だから文句も言えない


朝イチの空室で1枚の簡単な納品取付と思われる現場でも、近くの駐車場が満車だったりキーボックスの鍵番号が違って開かないとイライラする。

そしてやっと部屋に入って取付ると窓の歪みで網戸を閉めると隙間が出来る。

この調整で更に手間取ると、更に予定時間をオーバーしていく。


それでもやっと終えて次のお客様のお宅に伺うと、張替の枚数がいきなり倍に増やしていいかと頼まれたりもする…


スケジュールを組むことを生業としてきた自分にとって、予定が狂ってくると、その段階から今後の予定を変更するかどうか?

次のお客様にいつの段階で遅延の連絡するかという問題で頭の中がフル回転していく。


とはいえ、スケジュールというものに最善の選択というものは殆ど無い。

だからこそ大事なのは相手への思いと自分の心の置きどころではないかと思う。


お客様には丁寧な対応を心がける

仕事は慌てないで確実に忘れ物をしないで終えていく。

急いでも運転は安全運転 左右確認

スピード厳守

この気持を維持していくこと

コレが大事!


65歳になっても、まだまだだと思います。


どこに心を置くのか?

疲れた身体やあちこちの痛みと共に焦る心を納めていく。

そんな毎日を送る日々




お客様の処に向かっている最中に仕事用の軽トラのタイヤがパンクしました


お客様に遅れる旨の連絡をして待機
『まあ疲れてたし休憩しろってことか…』
実際問題 繁忙期の為 禄に休みが取れない
昨日も朝6時に出て180キロ走って夕方18時頃帰って寝るのは24時
年齢とともに繁忙期がキツく感じられる






JAFさんありがとうございます!
休憩できました
とはいえ、スマホで事務作業してたけど…
さて、これからまた仕事に戻らなければ
不運だと嘆くのは簡単!
見方を変えれば、危ない運転になりそうだから警告の為にパンクしてくれたのかな?
そう思えば、気持も変わる

自分が子供を育てていた頃から比べると世の中はどんどん便利に進化している。

子供の写真を撮ってもカメラ屋で、現像して親に渡すには焼き増しして渡さなければならなかった。

しかし今はLINEや『ミテネ』というアプリで孫の様子が頻繁に送られて来る。

ありがたい限りである。

 

そして息子が仕事柄もあるのだろうが(保育士をしている)子供に対して実に丁寧にきちんと接している。

それを見ていると自分は果たしてよい父親だったのだろうか?と改めて自分自身に問い直してみる。

あの頃は助監督をしていて忙しい時は子供の顔も見れない長期ロケや 撮影所に泊まり込んだりすることが多かった。

土日祝日しか貸してもらえなちロケ場所の為に休日は撮影という日々に明け暮れていた。

 

もちろん撮影が終わると休みはあったが すぐ次の撮影の準備や前の作品の仕上にも顔を出したりもしていたので、それなりに忙しく過ごしていた。

確かに子供は可愛かった。 だから時間のある時にはお風呂に一緒に入ったり一緒に子供番組を見ていたり、幼稚園の送り迎えもしたりしていた時もある。

 

しかし継続的ではない。 断片的にやっていて忙しくなれば、ある日突然止まってしまう。

決まった時間に出かけて決まった休みがある人とは比べようもない。

 けれど…今は思う

もう少し遊んであげられたのではないか もう少し話をしてあげられたのではないか?

そんな後悔の念が押し寄せる

 

カミさんに話したら 『 いまさらそんなこと言っても・・・ 』 と

昔を思い出しながら怒り始めるだろう。

昔の記憶を辿りながら今頃懺悔しても、どうやら許してはもらえないようだ…


 この間 家に遊びに来た孫を送りながら 息子に話してみた。


『〇〇(息子の名前)を見てると

俺はあんまりいい父親じゃなかったんじゃないかなぁって、思うんだ』


そう言うと、息子はこう返事をした


『そんなことないよ!確かに仕事が忙しい時はあったけど、時間のある時はずいぶん遊びに連れてってくれたじゃない。俺今でも覚えてるよ』


『そうかなぁ…』


『スキー行ったり、キャンプ行ったこともあったし、』


『まぁね 』


『それに焼き芋の車に乗せてくれたじゃない。夜遅くまであちこち行って面白かったし、釜の火に薪くべたりするのも楽しかったし、なにより出来たての焼き芋を好きなだけ食べられて嬉しかったよ』


確かにそういうこともあったと思い出す。

行商は自分にとっては沢山辛いこともあったけれど、子供としては得がたい経験だったのだろう…


世の中には沢山の親子が居て、その数だけ色々な親子のスタイルがある。


良いにつけ悪いについて、それはそれぞれなのだ。

だから昔の自分を責めることもなく、過ぎた日を思いながら今の息子と孫の親子関係をこれから出来るだけ長く見ていられるように願うしかないのかもしれない。


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