”助監督くずれ”が書く ひとり言

”助監督くずれ”が書く ひとり言

      業界から落ちた還暦過ぎのジジイが、むかし話や今思っている色々なことを、とりとめなく書き散らかしたブログです

朝の連続テレビ小説 ”ばけばけ” の主題歌ではないのだが・・・ 

 

♪ 日に日に世界が悪くなる  気のせいか そうじゃない 

   気のせいか そうじゃない そんなじゃだめだと怒ったり 生活しなきゃと座ったり… ♪

 

そんな歌を歌いたくなるくらい 毎日のニュースに 呆れている。

 

まずもって 今 いきなり日本が軍事国家になったり 戦争が起こって 日本の人たち全てそれに巻き込まれるというのは、 およそ考えずらいと 私的には思う。

 

軍国主義だから 昔の日本みたいに 国民に召集令状でも出すというのだろうか?

だいいち 今の戦争って 訓練もしていない人間が戦地に出て役に立つことってあるのだろうか?

みんな よーーーく 冷静に考えてほしい。 

まず戦争の方法が80年前に終わった戦争とは比べ物にならない位高度になっている事 武器や兵器を

見ても 白兵戦で戦うというのは、本当に最後の最後になってからでなければ行わない。

もしそうなったとしても、武器もない 扱い方もわからない 隠れる場所も作戦もないでは 勝てる見込みはこれっぽっちも無いだろう。

 

世界は 色々な意味でお互いに人や国土の傷が深まるような戦いはしない。

そして二国間の争いと言う簡単な話では、もはやなくなっている。

 

だいいち昔と違って もし徴兵令が発動されて 戦地に向かったとしても 相手を躊躇なく殺すことが出来る人ばかりではない気がする。 

鬼畜米英でもないし、 相手を憎み切ることが出来るのだろうか…

単なる国家からの命令で 相手の国に侵略して その国の人たちを殺せと言われても 果たしてどうなのだろう???

 

もちろん相手が攻めてくる 銃弾をぶっ放し、爆弾を落としてくるのであれば それは仕方ない。

戦うという選択肢を選ばなければならないと思うだろうが・・・

上空から爆弾を落とすとか ドローン攻撃をするというのは 目に見えない部分があるので やってしまうのかもしれないが、 それでもその為に沢山の人が死んだという事を後になって知ったとしたら・・・きっと苦しむ人がいるに違いない。

 

もはや65歳になった 腰の悪いジジイは戦力にならない。 兵隊にもとられないだろう。

軍事的な知識もなければ、銃や武器の使い方もまるっきしだ。

でも、 もしそれは異国の国の誰かかもしれないし 宇宙から来た異星人かもしれないが、

やはり自分が守りたい人に危害を加えようとするのなら 例え蟷螂の斧であろうと戦いたい

瞬殺でやられるかもしれないけどね

 

”愛国心” この国を守る 自分の愛する人を守る 親や子供や そういう大切な人の為に命を捧げる。

それは解る。  

でも、それって最後の最後に自分の考えで発揮していくものじゃないのか

少なくとも人に強制されるものじゃないし 人は簡単に動かない

 

誰しも みんな 戦争は嫌だ 

でも、戦う事とは別に 国を守る その為に働いている人がいるってことをきちんと受け止めよう

だから 本当に つまらない煽り方をしないでほしい

 

 

 

 

世の中が変わっていくのだから、自分の学びも終わらない。

人に頼るのではなく、自ら学ばなければ、成長は終わる。

この歳になってもそう思う。

1回の経験で学べなくても、何回も経験を重ねれば学んでいく。

回数は個人差だ、他と比べることはない。

卑下したり偉ぶることではなく、しっかり自分の心に根付かせることなのだ。

そう思う。


まだ学んでいきたい。

もっといいやり方 

もっと皆にとって幸せになるやり方


それは自分の考え方だけでは限界があるからこそ、沢山の人の話や見分を広めて学んで行こう。

まだ、間に合う筈だから…

『罰が当たる』と言う言い方は昭和なんだろうか?

それとも私は無宗教だが両親がある宗教の信者だった関係で、そういう言葉を小さい頃から刷り込まれていたからだろうか…

※念のため それほど危ない宗教ではない 日蓮宗の系列です

 

ここでは宗教観について話をするつもりではないのだが、どうも”罰が当たる”という感覚が

今でも自分の中に根付いているのに自分でも時々嫌になることがある。

 

今 起きていることについて、過去にあんなことをしたからとうとう罰が当たったのだというような反省はあまり無いのだが、ちょっとした運や不運に関して呟くことがある…

 

『こんなに上手くいくなんて思わなかった… 罰が当たりはしないだろうか…』

 

『このくらいの罰が当たっても仕方が無いのかな・・・ これから気を引き締めてやろう! 』

 

というような感じなのだが、これって言うのは 特殊な感情なんだろうか???

 

他人に対して ”あんなやり方をしていたら、きっと今に罰が当たるに違いない! いやそうでなければ 世の中が間違っているんだ‼”

 

みたいな痛烈な憎悪がどんどん減ってきてしまった。

それでもたまにカチンときてしまう事もあるにはあるのだが…しばらくするとまぁ 仕方ないか・・・ 困ったもんだ という感覚が他人に対して沸き起こる。

だから昔に比べて腹も立たなくなってきた。

 

つまりエネルギーが切れかけているのかもしれない。

他人の行動に目くじらを立てるよりも 自分の気力や体力を温存するのに必死なのかもしれない。

 

だからこそ、毎日の仕事を必死にジタバタしながらこなしている。

 

罰が当たるとか 当たらないとか そんな迷信じみた考えに振り回されて毎日を送っているは

自分でも なんだかなぁとは思っているのだが、これも仕方ないのかもしれない。

 

でも 大丈夫かなぁ こんなこと書いていて 罰が当たらないだろうか・・・