ノスタルジー1号 | 山チャンと今日の不協和音

山チャンと今日の不協和音

音楽、してますか!



パックンチョを袋につめる工場で働く真亭 幕普羅(まてい・まくふら)27歳。
学生時代は音楽とバンド活動に青春を捧げていた彼も、
今は平々凡々な生活を送っていた。

休日、部屋の掃除をしていると、
彼は懐かしいMDを見つける。
それは中学時代、彼が友人からもらったものだった。
もしカセットならとっくに擦り切れている程聴き倒したそのMDを久々に再生し、
彼は当時を思い出して懐かしさに浸った。

もはやMDという時代ではない今、
せっかくなのでとパソコンに繋ぎ、
自分のiPodにその曲を入れ、
彼はそれを持ち歩くようになった。

ある日の仕事帰り、
近所に住む発明家、江芽藤 武嵐(えめとう・ぶらん)の家にそのiPodを持っていき、
あの時代はとても良かったという話をした。
当時は刺激的な音楽に溢れていたから、ずっと音楽に浸っていたけれど、今の音楽はどれもだめだ、昔は本当によかった、と。

そこで江芽藤は何かを思いつき、
このiPodを貸してくれと真亭に頼む。
真亭は江芽藤がおもしろい発明をしてくれるのかと期待し、
江芽藤にそれを渡した。



数日後、江芽藤から連絡が入る。
新しい発明をついに完成させてくれたものだと期待し、
彼の家へ向かった。
しかしそこで見せられたのは、
数日前に貸した自分のiPodだった。

見たところ何も変わったところはなく、
真亭が江芽藤に尋ねた。
何か新しく発明したんじゃなかったの?
江芽藤は答えた。

君のそのiPodを、タイムマシンに改造したよ。
名付けて「ノスタルジー1号」だ。
この中に入っている曲を聴いて、
その曲にこもった思い出に浸ると、
その当時にタイムスリップできる。

なんとも素晴らしい発明をしてくれたことに真亭は感動した。

このノスタルジー1号で過去へタイムスリップし、
あの古き良き時代を楽しんでくるといい。
江芽藤はそう言って
真亭にノスタルジー1号を渡した。

真亭は早速、
掃除中に見つけた、例のMDの曲を再生した。
目を閉じると、当時の懐かしい思い出がみるみる蘇ってきた。
放課後の学校の廊下、友人の家、受験勉強中の自分の部屋…
友人がくれたMDが
いつでもそばにあったあの頃。



さっきまで江芽藤の家にいたはずの真亭は、
気付けばある建物の廊下に立っていた。
ここは真亭が通っていた中学校の廊下。
忘れるはずもない、
多くの思い出がこの廊下に眠っている。
真亭は本当にタイムスリップしてきたのだ。

おい真亭!
誰かが真亭に声をかけた。
声の方に顔を向けると、
そこには当時の友人、牛 多念(うし・たねん)がいた。
どうやら自分の背格好も中学時代までに戻っている。
当時の友人が何の疑いもなく接してくるのは当然のことだ。
久しく会っていない友人牛に中学当時の姿で再会できたことに
真亭は感極まって泣きそうになったが、
なんとか堪えた。

ん、目が潤んでるぞ。泣いてたのか?
いや…いや、何でもない。それよりどうした?
うん、この間あげたMDどうだった?なかなかの選曲だろう?

牛こそが真亭にMDを与えた張本人である。
タイムスリップしてきた時系列は、
彼からMDを受け取ってまだ間もない頃らしい。

ああ、あれな。すごく良かったよ。聴いたことのない音楽ばかりで、とても刺激的だった。
それはよかった、真亭ならわかってくれると思ったよ。今流行っている音楽とは全然違うだろ?

MDをくれただけではなく、
音楽そのものを教えてくれたのも牛だった。
当時音楽の話題で夢中だった二人は、
後にバンドを組むことになる。

放課後また話しようぜ。真亭、今日部活は?
ああ、今日は…休むよ。

真亭は当時陸上部に所属していたが、
牛に音楽を教えてもらって以来、
彼は部活をサボるようになっていた。

じゃあホームルームが終わったらお前のクラスへ行く。おもしろいバンド見つけたんだ、聴かせてやるよ。
わかった、また放課後な。



多少半信半疑な気持ちでタイムスリップしてきた中学時代であったが、
いざ体感してみると
それは真亭にとってすぐ心地の良いものとなり、
しばらくそのまま
中学生の真亭として過ごすことにした。
家に帰って若い両親に会い、
授業も受け、
部活はサボり、
毎日牛と音楽の話をした。

今この時代に滞在している間
自分が存在していない2013年のことなど
おかまいなしだった。
牛との音楽の話が楽しくて仕方がなかった。
彼は本当に色々な音楽を知っている。
もちろん未来からきた自分は全部知っていたが、
それでも牛の独特の着眼点から話される話題は、
今聞いても斬新だった。



中学時代にやってきて数日経ったある日のこと。
真亭はいつものように、牛と話をしていた。

それにしても、世の中にはいっぱい良い音楽があるなあ。牛は本当になんでも知っているなあ。

うん、流行りのものだけじゃ物足りなくて、自分で色々音楽を探しているうちに、妙に詳しくなってきた。良い音も駄目な音も、世の中にはたくさんある。

そうかー、確かにテレビやラジオで流れてくる音楽って、どれも同じだもんなあ。

うん、それはいつの時代もそうかもしれない。昔も今も、多分これからも。でも、流行りの音楽が駄目だとか飽きたからって、それに惑わされるのはよくない。音楽は自分で探すものさ。

真亭は、牛の言葉にハッとした。
考えてみれば、この時代も流行っていた音楽はどれも糞だった。
それでも学生時代は良い音楽に溢れていたと感じたのは、
牛のお陰だったのだ。

この先高校も卒業して牛と会わなくなり、
真亭が“最近の音楽は終わっている”と感じはじめたのはそれからだった。
でも実際は、
最近の音楽が終わっていたわけじゃない。
本当は良い音楽がたくさんあるのに、
自分がそれに出会おうとしていないだけなのかもしれない。
牛がヒントをくれた。
真亭は、自分の時代でそれを探すために、
2013年へ帰ることを決めた。
いつまでもこの時代に浸っていてはいけない。

牛、僕ももっと、良い音楽を探すよ。
そうか、じゃあ俺も知らないバンドを見つけたら、今度は俺に教えてくれよな。
うん、わかった。有り難う、じゃあ僕…帰るよ。

そう言って真亭は、学校を後にした。
家までの帰り道で、ノスタルジー1号を手に取り、
2013年に発売された音楽を再生し、
真亭は目を閉じた。
帰ろう、2013年へ。
自分の知らない、良い音楽に会いに行こう。





おい、起きろよ、おい。
誰かの声がした。
眠っていたらしく、目を開けると、
そこには牛がいた。
ん…あれ?ここは…
どうしたんだよ真亭、こんな道端で寝て、帰るんじゃなかったのか?



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昨日MDの話を書いて

思いついたお話です。

“古き良き”と“若者の音楽離れ”を題材にした

ブラックジョークのつもりですが

オチの意味、伝わるでしょうか。