ロンドンを出て南西の郊外に向かったビートルズの3人のうち、ジョンとリンゴが選んだのがサリー州のウェイブリッジ(Weybridge)。ソニーなど日系企業も進出していた工業団地などもあって、日本人にも比較的なじみがある町だ。

このウェイブリッジにあるセント・ジョージ・ヒル(St.George Hill)という高級住宅地の一角に、ジョンはケンウッド(Kenwood、北ロンドンのマナーハウスともカーステレオ・メーカーとも関係なし)、リンゴはサニー・ハイツ(Sunny Hights)という豪邸を構える。

セント・ジョージ・ヒルはロシアの石油富豪や、元サッカー選手、俳優らのセレブが住み「イギリスのビバリー・ヒルズ」などと呼ばれていて、現在は敷地内にで許可なしでは立ち入れない。もちろん、2人の旧邸にも近づけない。

私も記念撮影だけでもと検問所でカメラを構えたら、警備員が駆けつけて詰問されるという極めて不愉快な思いをしている。愛と平和を歌った人の思い出に浸るのも難しい世の中である。検問所は本冊に掲載したので、看板だけ。

 

ジョージが購入したのは、ウェイブリッジからもう少しロンドンに近いエッシャー(Esher、イーシャーとも)。クレモント・ファン・コート・スクール(Claremont Fan Court School)に通じる道の奥のキンフォーンズ(Kinfauns, 16 Claremont Drive)では、、後に「ホワイト・アルバム」に収録される曲をデモ演奏したエッシャー・テープが作られた。。サイケデリックのペインティングが施されたバンガロー様式の建物は取り壊され、敷地も分割されたが、そのうちの一軒はジョージの曲「ブルー・ジェイ・ウェイ」にちなみ「ブルー・ジェイ」(Blue Jay)と名づけられている。全体が私道なので、あまりウロウロして通報されないようにしたい。少し遠めからのショットでご勘弁を。

 

 

 
 

旧ジョージ邸の先にある学校の建物はクレモント・ハウスと言われるマナー・ハウス(大邸宅)で、かつてはイギリス王家の所有となり、7月王政時代のフランス王、ルイ・フィリップの亡命先としても知られるが、学校内なので見学は不可。

さて、ジョンはシンシア夫人の留守中にオノ・ヨーコとの不倫を重ね、ケンウッドを離れて先のリンゴの家などロンドン各地を転々とする。最終的にジョンは競馬で有名なアスコット(Ascot)の手前、バークシャー(Berkshire)州サニングデール(Sunningdale)のティテンハースト・パーク(Tittenhurst Park, London Road)へ移る。白いグランドピアノを弾く「イマジン」のプロモーションビデオも撮影された場所だ。ビデオをみるとジョンがどれほどお金持ちになったのかよく分かる。

かつては中まで入れたというが、残念ながら今は門の前までしか近づけない。門の前の道は駐車しやすいが、結構、車が猛スピードで通り過ぎるので撮影は注意。

ジョージは、先のテムズ川上りツアーで紹介したフライヤー・パークへ。ジョンのティテンハースト・パークと同じ北西の方角で、そのまま足を伸ばすのも可能だ。

 

リンゴは2人とは逆に南西へ向かい、ウェスト・サセックス(West Sussex)州エレステッド(Elstead)にあるブルックフィールド(BrookfieldFulbrook Lane)へ。ピンクパンサーのピーター・セラーズから購入、スティーブン・スティルスに売ったという芸能人御用達の邸宅である。本冊で掲載してしまった写真以外はなかったので、離れたところから撮影の門と表札だけ。

 

ブルックフィールドからは、レッド・ツェッペリンが合宿をしながらレコーディング行ったハンプシャー(Hampshire)州ヘッドリーにあるヘッドリー・グランジ(Headley Grange)も近い。似たような名前の建物がたくさんあるので、きちんと確認すること。