「はい、ユタカプロダクションです。」
「あの・・・ヤナダと申しますが、大坂社長いらっしゃいますか?」
「はい、少々お待ちください。」
繋がっってしまった。
何を話せばいいんだろう。
「はい、大坂ですが。」
「あ、あの、FAX頂きましたヤナダと申しますが・・・。」
「あ~、君かあ・・・明日、芝の日拓スタジオでレコーディングしてるから、もしよかったら来れば?」
「あ、はい、是非伺います!」
ナント!いきなり呼ばれてしまった。
何で俺なんかを呼んでくれたんだろう。
期待と不安が入り混じっていたが、初めて他のプロダクションの社長と会えること、それも大好きだった横浜銀蝿を育てた人に会えるなんて夢のようだった。
翌日、日拓スタジオに行くと、入口に受付があったので恐る恐る聞いた。
「ユタカプロの大坂社長いらっしゃいますか?」
「はい、そちらのスタジオにいらっしゃいます。」
受付が指したのは目の前のドアだった。
レコーディングスタジオの厚く重いドアを開けると、右側のソファーに数人が座って話をしていた。
あっ!大坂社長だ!
その中に大坂社長を発見!
当たり前だが、本に出ていた写真と同じ顔がいる。
あ、目が合った。
4歩、5歩と、俺は大坂社長に歩み寄って行った。
「あの・・・昨日電話させていただきましたヤナダと申します!」
「お~、ま、座んなさいよ。」
気さくな感じで、俺を横に座らせてくれた。
「いやね、会社辞めてプロダクション始めたって言ってたから、それはただごとじゃないな!と思ってね・・・。」
「はあ・・・。」
「バンドやってるんだって?」
「はい!」
俺は即座にホットスパイスのCDを出して見せた。
「ちょっとかけてみて。」
テーブルの上にあったラジカセでCDをかけた。
「ボーカル替えた方がいいんじゃない?ま、これは俺の意見だけど。」
オッと、いきなり意見かよ!
「ボーカル?ですか・・・。」
だが、俺は全く皆川を替える気はない。
「しかしプロダクションなんて大変だぞ~。」
「はあ・・・。」
「辞めて普通に就職した方がいいぞ。」
ん?俺を試してるのか?
「そもそも、何でこのバンド抱えたの?」
「ん・・・惚れてしまったといいますか・・・・・。」
「ハハハハ、そっか、惚れるってことは凄くいいことだぞ。」
社長は終始ニコやかに話をしてくれる。
「でも、金が無いのが続くと疲れるぞ。」
「はあ・・・。」
「今日だって、こうやってレコーディングさせてるけど、この人達に払う金なんか無いんだから。」
社長はそう言って横にいるネクタイをした2人の人達を笑わせた。
今思えば、それはどこかのレコード会社の人達で、社長はホットスパイスの曲を聴かせるチャンスをくれていたのかもしれない。
そんな優しい人だから、横浜銀蝿を拾って育て、銀蝿の意志を尊重しわずか3年程の活動で解散させたのだろう。
社長のもとに、レコーディングをしていた男の人が挨拶に来た。
あっ!桃太郎だ!!
銀蝿の弟分だった紅麗威甦(グリース)でドラムを叩いていた桃太郎!
ボーカルは杉本哲太だったバンドだ。
デビュー曲は「ぶりっこロックンロール」で、その後に映画の積み木くずしの挿入歌である「15才でオバンと言われます」では、この桃太郎が歌っていた。
俺はこの曲も桃太郎の声も大好きだった。
その時だった。
俺が社長に是非聞いた方がいいと思うことを、突然思い出した。
「実は今、ある音楽事務所の営業が勝手にうちのバンドをレコード会社に売り込みかけてまして、その人が言うにはうちのような小さい事務所じゃダメだと言われてるんですが、やはり私がやっているような事務所だとダメなんでしょうか?」
「なんだ、そんなこと言われたのか。」
「はい・・・。」
「そりゃ昔はナベプロがどうのとかあったけど、今は事務所の大小なんて関係ないよ!あなたさえしっかりしてれば大丈夫!」
へえ~、そうなんだ。
社長の言葉で、今まで悩んでいた自分が嘘のようにスッキリした感じがした。
帰りの電車の中でも、頭の中でずっと社長の言葉が繰り返されていた。
(事務所の大小なんて関係ない・・・)
数日後、小池から電話があり、○○○レコードの人を呼んでホットスパイスを観せたいから、来週原宿ルイードでライブを仕切らせて欲しいと申し出があった。
また勝手なことしやがって!と、思ったが、俺はまだあることを確認していなかったので、その日は小池の好きなようにやらせることにした。
ライブ当日、リハの時から何やら偉そうに、小池がメンバーに激を飛ばしている。
俺はあえて蚊帳の外のように、ライブが終わるまでバンドにも小池にも自分から接触はしないようにしていた。
ライブが終わると、すぐに小池が俺のもとに来た。
「今日のどう思いました?」
「皆川がイマイチだったかな。」
「全然ダメですよ!」
偉そうに・・・若造が。
(ボーカル替えた方がいいんじゃない?)
大坂社長が言った言葉が気にかかり、この日は自然と皆川の声に集中していた俺だった。
結局この日は、小池が呼んでいたレコード会社からは何のアクションも起きなかったらしい。
そして次の日、いつも通りTAKE OFF 7ライブの為のスタジオ練習後、俺はあることを確認したかったのでメンバーを廊下に集めた。
「お前ら、このまま小池の言うなりで楽しいか?デビューできても、小池の事務所の作家が作った曲でいいか?」
「自分達の曲が出来ないなら楽しくないし、デビューしても意味が無いと思います。」
最初にこう言ったのは、ベースの雨宮だった。
「皆川はどうだ?もう随分小池が持ってきた曲を歌わされただろ。」
「はい・・・俺達は、ヤナダさんに拾ってもらったんだし、小池は野村の知り合いだからちょっと気を遣ってましたけど、俺達ホットスパイスの曲に興味なんか無いと思います。」
「野村、お前はどうだ?作詞家でも作曲家でも、小池の言うなりになってでも自分さえデビューできればいいか?」
「いや、そんな・・・・・自分達の曲でデビューできないなら嫌です。」
「中井は?」
「人間的にも、あの小池って人は信用できないと思います。」
「田丸は?」
「あの人は結局金儲けのことだけしか考えてないんじゃないですか?」
「野村、どうする?これまで通りのライブ活動と有線のリクエストで、新たにレコード会社を待つか、小池の言うがままやってみるか、俺に遠慮しなくていいからリーダーとしてお前が決めろ。」
「いや・・・みんなも同じ気持ちだと分かったんで、今まで通りうちらだけでライブこなしていきたいです。」
「いいのか?小池のデビュー話を逃すかもしれないんだぞ?」
「アイツはもういいですよ。」
「じゃあ、もう小池は切るぞ?みんな本当にいいのか?」
「はいっ!!」
大坂社長の、あの言葉のおかげで俺は完全に自信を取り戻したのだった。
「一社のレコード会社から声がかかったからって、うちはすぐに飛びつくような事務所じゃないんですよ。」
こう言って、翌日小池を切ったのだった。
~つづく~
📙この小説はカドカワbookwalkerより抜粋。
♬当時のホットスパイスの音源を少しだけ特別に公開♬

