秋田(4) 食事とホテル
18時前にホテルに荷物を置いて、駅ビルの飲食店が19:30で閉まるらしいので、またすぐ駅に戻る。
駅ビル3階の飲食店街。
一日歩き回って疲れたので、とりあえずノンアル。
比内地鶏の親子丼。
学生時代よくおやつにしていた、こっちでいう"都まん"を買って帰る。
秋田駅西口のバス乗り場は大変キレイな作り。
透明アクリル板で冬の強風を浴びないように作ってある。
この旭川沿いを南に行くと、メッチャ飲み屋が多い。
アパホテルのベットの弾力がすごくて気持ちいい。爆睡。
朝。☔️
1階で朝食。ホテルの朝食は必ず洋食を選びます。たまにパンがおいしい所がある。
ここの特徴である'いぶりがっこ"というたくあんのような漬物があった。
チェックアウトは11時だけど、11時の空港リムジンバスに乗りたいので9時半にチェックアウトします。
強風で寒い千秋公園。
続く。
秋田(3) 駅〜大学〜住んでいた場所
秋田駅前が完全に変わっていた。
そもそも駅は1階にあり、売店や食堂やテナントが2階だったのに、
駅機能は全て2階になっていた。ホーム(線路)は1階のままだが改札を入って階段・エスカレーターで下に降りる構造に変わっていた。
そして駅(2階)の西口から西へ長く伸びる連絡通路。イトーヨーカドー🕊️があったはずだが、なくなっていた。この連絡通路が西にある秋田ビューホテルまで続いていた。↓
そしてこの広場、唯一昔と変わってない、記憶のある場所。しかし秋田ビューホテルは名前が変わって、"ANAクラウンプラザホテル秋田"になっていた。
そして大学卒業する年には小さい連絡通路にすぎなかった東口が大きく変わっていた。大駐車場と、バス乗り場までできていた。
おかしい。2車線だったのが4車線になっとる。
大規模に再開発されたようだ。
秋田大学の西門まで徒歩で来た。
あれ?西門の向かいに定食屋さんがあったのに、
更地になっている😭。ビンボー学生に優しい、安くて量が多い食堂だったのに。
大学の中に入ってみた。
かすかに記憶がある大学の本部。証明書類の発行とかする場所。
建物はほぼ全て新しく建て替わっていた。通路は変わってないはずなので、何か記憶しているものがあるか探す。
たぶんここだと思うんよなぁ、自分が通っていた学科の建物。
ボロかった大学生協は、当然キレイになっていた。
巨大な煙突とか、電気電子工学科の建物とか、たぶん昔のままだと思うが、自信が持てないほど記憶が飛んでいた。
大学時代住んでた街に来たはいいが、
大学も住んでた所もほとんど変わっていて訳わからなくなっていて、なんか虚しい。
もう来る事はないだろう。
学校帰りの学生たちを見ていると、若くて羨ましかった。自分もこの場所で、これぐらい若かったのか。信じられん。
住んでた家の場所の目安である銀行やスーパーさえ無くなって更地になり、新たにお店や駐車場に。虚しすぎて早々とバスで駅に戻る事にした。
2階の連絡通路。バス以外の車は閉め出され、公園みたいになっていた。
駅から西へ歩く。
木内デパートが閉店していた😭。地方のデパートは無くなる傾向にある。
大町あたりは大学と反対側で、学生時代は特に用がなく、当時交通手段が自転車しかなかったので元々記憶は無い。
今日の宿泊、アパホテル秋田千秋公園。
覚悟はしていたが、この日の歩数1万9千歩。
一旦荷物を置いて、またすぐ晩御飯を食べに秋田駅に戻ります🚌。
続く。
秋田(2) 秋田新幹線で東京から秋田へ
秋田新幹線(赤)
東京駅丸の内南口で、予定より1時間遅い「こまち19号」の切符が買えた。
3時間50分近く乗るのでグリーン車があいていたら取るつもりだった。東京駅発車時点で、こまちもはやぶさも満席。自由席はありません。
E6系のグリーン車はこんな感じ。車両の半分がノーズの長〜い運転台のため、22席しかありません。
6番席はAとDしかないので、5番B・Cは自分の前に座席がなく、テーブルがありません。肘掛けに収納されている小テーブルしかありません。しかし足は思いっきり伸ばせるので長身の人にはいいのかもしれない。いずれにしろ座席幅は今まで乗った特急グリーン車座席の中で最も狭かったです。しおかぜ号や南風号は3列シートなので広い。
仙台。
大宮を出ると停車駅が仙台・盛岡なので最速クラス。盛岡で下車している人がいたので、はやぶさ(新青森行き)の空席がなかったのだろう。
盛岡を出ると田沢湖線に入るので、いわゆる下道、列車の行き違い停車、そして車速は遅い。
秋田県。
岩手県の山の中はまだ線路周りに雪が残っていた。
終点・秋田。
ン十年ぶりに秋田へ来た。秋田駅は、全く別物の駅になっていた。昔の面影は全く残ってなかった。
長いので続く。
秋田(1) 松山〜東京〜秋葉原
大学卒業以来、ン十年ぶりに秋田へ。
(4月20日朝出発〜4月22日午前帰宅)
そもそもなんで秋田か?というと、当時進学が"国公立現役で合格"の一択だったので、愛大ちょっとむずいなーと思ったのでその下の秋田を選んだ訳です。鉄ヲタでもありましたし。当時は昼行・夜行とも長距離列車がたくさんあった。
因みに当時の大学の授業料(年間)は、松山大学が約80万に対し、国公立は約25万。国公立一択!
秋田はなかなか遠く、どうしても2泊3日の予定じゃないと厳しいので、サラリーマン時代は全く行けなかった。予定が立てられない。大型連休は全ての乗り物と宿をパーフェクトに予約する事は不可能。
せっかくなんでJALのClassJに乗ってみた。🔰
この機種(ボーイング737)なら普通席が横6席、ClassJが横5席でちょっと幅広。レッグレストがあったが機材が古いのか元に戻らない🤣。着陸時はお姉さんにバレないようになんとか隠した。
飛行機降りて、浜松町駅で新幹線の切符を買おうとしたら、みどりの券売機がなく(みどりの窓口は廃止)、仕方なく東京駅へ。
東京駅の丸の内南口にみどりの券売機があったが、乗りたい列車が満席で、1時間あとの列車を買わざるを得なくなって、予定外の1時間半ヒマになる。
最近はヒマになったら乗り鉄する事にしているので、秋葉原へ。秋葉原も10年ぶり。
高層ビルが立ち並ぶ中、秋葉原のルーツがまだ残っているのはなんか嬉しい。そもそもはラジオ部品を売っている店が並んでいた。その後電気製品の安売り街、ヲタクの街へと変わっていった。
秋葉原の再開発前の古い家を見つけた。落差がすごい。
昔は乾物屋とか🍄🟫🦪🫘、そういう物を売っている街でもあった。
長いので、続く。
ゐ虎、3周年ライブ
ゐ虎、3周年ライブでした。新衣装・新曲・四国ツアー発表。今日からゐ虎、は第二章に入ります、という事でした。
僕はガチ勢に前に行ってもらい150人居る景色を見たい為一番後ろへ。
150人目標というのはエゴではなく、150人は居ると思われるファンに直接お礼が言いたかったんだと分かりました。
ゐ虎、はこれから"二人で"どんどんやっていくので、グループではなくユニットになるらしい。
重大発表のVTRが本格的だった。"火の虎"はすごかった。
対バン相手のグループがアーティスト写真バーン!って形で発表された時が一番大盛り上がりだった。(WELIT・GLIM9・MEiSM・たとカワ等)





































































