新しい神話がはじまる 古賀春江の全貌@神奈川県立近代美術館・葉山館(~11/23)
秋晴れの文化の日。海を眺めるには絶好の日に葉山へ行ってきました。
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2010/kogaharue/index.html
HPより:
今回の「古賀春江の全貌」展は、神奈川県立近代美術館では1953年の「小出重、古賀春江展」以来となる57年ぶりの古賀春江の回顧展です。代表作《海》(東京国立近代美術館蔵)をはじめ、生前の古賀と親交のあった川端康成が旧蔵していた作品《煙火》など、油彩約60点、水彩約60点、スケッチなどの資料約60 点で彼の生涯と芸術を紹介します。
古賀春江(1895-1933)は、本名は亀雄(よしお)といい、福岡県久留米市の寺院の長男として生まれました。17 歳で画家を志して上京しキュビスムやシュルレアリスムなど、同時代のヨーロッパ美術に学び、二科会を主舞台として大正から昭和の初めにかけて活躍しました。
モダニズムが隆盛した時代、38 歳という若さでこの世を去った画家は、そう長くはない画業のなかで、「カメレオンの変貌」といわれるほど、画風をさまざまに展開させました。そこには、つねに新しいものを追いかけ、変化を求めつつも一貫して変わらない独自の世界観がありました。
また、古賀は文学にも傾倒し、絵画作品の解題詩をはじめとしてさまざまな詩を残しています。絵画と詩が古賀のなかで、どのような関係にあったのか。今回の展覧会では彼の詩にも注目し、画家であり、詩人であった古賀春江の生涯と芸術を紹介します。
古賀春江の作品は竹橋の国立近美やブリジストン美などで見る機会は結構あるものの、彼の生涯や作風の変遷については今回初めて知った。北原白秋や竹久夢二に傾倒し、水彩画、キュビズム、パウル・クレー風とめまぐるしく画風を変え、シュールリアリズムに到達したと思ったらわずか38年の生涯を終えてしまったわけだが、作品群を見る限り「短くとも濃い人生」だったのだと思える。また画業に邁進していた時期がまるまる大正期と重なっているが、この1910年~20年代という時期も芸術分野でも濃い時代だったのだと改めて感じた。
構成は次の通り。章ごとに見事に?作風が変わるのが面白かった。
第一章 センチメンタルな情調 1912-1920
第二章 喜ばしき船出 1921-1925
第三章 空想は羽搏き 1926-1928
第四章 新しい神話 1929-1933
キュビズムやセザンヌの影響大な作品群は初めて見たので興味深い。目をひいたのは、夫人が子供を死産したきっかけで描かれたというっ《埋葬》(1922) 下絵から水彩、油彩の両方が展示されていたが、水彩画がリアルな情景感を遺しているのに対し、油彩画はよりキュビズム色が強まっていた。
また今回の展示では、古賀の詩を絵と併せて読むことができたのが良かった。エドガー・ドガも散文詩を作っていたが、古賀の場合は詩で自作の絵画の解題を試みるなど、特に後期には詩と絵が密接に絡み合っていたのだった。
クレー風の作品は微笑ましいが、時代背景を考えると「積極的な現実逃避」の表れとも言える。
《蝸牛のいる田舎》1928
あれは蝸牛を引いてゐるのか ー いいや、さうでない
蝸牛の背に乗ってゐるのだらう
羊歯の下から出た人で 花を借りて行くのだらう
風のあかりで すれ違いすれ違い
薮の中は美しいよ
そして海の傍で《海》(1929)を眺めるというのは何とも言えない高揚感を感じた。もう一つの代表作《窓外の化粧》(1930)と並んでの堂堂たる展示。
若冲ぽさも感じた《孔雀》(1932)やアウトサイダーアートから展開した《涯しなき逃避》(1930)など、シュールレアリズムに到達してからも更に新しい世界を模索していた様を見ると、もっと長く生きていたらどのような画風になったのだろうと思えてならなかった。しかし川端康成を初め、生前から理解者に恵まれていたのだからアーティスト人生としては恵まれていたとも言えるのかも。
そして作品と響きあうような戸外の眺めの素晴らしさ!
無料公開日だから混んでるかと危惧したがそれほどでもなく、ゆったりと作品を堪能できたのが幸い。しかしレストラン(オランジュ・ブルー)は激混みで残念ながら断念。こちらのレストランは未だ入れたことがない。いつになったら入れるのだろう...(苦笑)
秋の海も静かでいいものです♪ もうちょっとアクセスがよければ、もっと頻繁に来れるんだけど...




