寝れないので振り返る
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。めずらしくきちんとしたタイミングでアメブロを書く気がする。本当は年末に書いておくべきことなんだろうけど1年を振り返る。でも元旦に去年を振り返るのって、大丈夫なのか???古来では法律違反だったみたいな、なんか罰当たりなことをしているような感覚が誰にも言われてないはずなのにある。つまりこれは本能でダメと言っているのか?でもかく。この1年はどんな1年だったか、結果的にいい?でも思い返せば悪かったような、なにはともあれ、こうやって笑ってお正月を迎えられてるだけありがたいと思う。山形から離れて東京に戻ってきて、仕事が始まった。8月くらいまでは闇雲でたのしかった。なんとなく充実感があった。16時間くらい職場にいても、全然平気だった。だけど、夏が終わって、秋になる頃からすごくしんどくなった。時間に追われて生きてる自分は、自分らしくなかった。その都度その都度で、楽しいこととか笑えることはたくさんあったのかもしれないけど、心の中からくるじわじわとした感情が何も無かった。日々自分が何を感じて、どういうふうに生きているのか、説明がつかなかったというか、整理する時間も余裕もなかった。漠然と日々を消費している感じがあった。そのくらいの時期から、愛犬の体調がどんどんどんどん悪くなっていった。毎日携帯を見るのが怖くなった。いつ連絡が来るか分からなくて、平日に家に帰ると、日に日に弱っていく姿が本当につらかった。まだ詳細には振り返れない。結果死んでしまった。ずっとずっと、恐れていたことが起きた。あっというまに骨になってしまった。でも最後の夜は、隣で一緒に寝た。愛犬が死んですぐ、山形に遊びに行くことを決めた。もう家を空けても心配すべきことがない、これをいいことに捉えることは簡単には出来ないけど、でもそうしていかないとダメになると思った。山形に遊びに行って、毎日大学の頃の友達と遊んで、すごく楽しかった。多分この1年間で1番楽しかった。なにより山形が本当に大好きだなと思った。バイト先に遊びに行ったら、一緒に働いていた方々がすごくびっくりしてくれた。いつもみたいに、からあげクンとパンをくれた。ほんとにいつもみたいだった。忙しそうで申し訳なかったので、そそくさと出ていったら、その夜カラオケに行こうと誘ってくれて時間を作ってくれた。自分に会えることをこんなに喜んでくれる人、ほかにいたのかな?と思って涙が出た。なんて暖かいんだと思った。大学の友達も本当にいつも通りだった。結構久しぶりなのに、超いつも通りで最高だった。(ちなみにこれを見ているあなたたち、ウィンガチャンはまだ付き合ってて、草津に楽しそうに行っていました。山形にいるうちに3人集まって、話を聞いてあげてください。私には情報量が少ないLINEがよく来ています。)大学のほかの友達は日本海を見せに連れていってくれた。日本海を1回見たことがある人になれた。よかった。あれが月山かーとずっと思ってた月山を超え、え?また月山?と思ってたら鳥海山だった。すごすぎる。山形からは富士山が見えない。富士山の監視から逃れられるから好き。最後に一緒に行ってくれた2人が意味もなく重いスーツケースを荷降ろししてくれて感謝だった。優しい。みんなみんな、ずっと留年してください(嘘ですごめんなさい)胸がいっぱいな気持ちで、いつもみたいに新幹線に乗った。これからも沢山乗りたい山形新幹線。愛犬が死にそうな時から顔面痙攣がとまらなくて、色々調べると手術が必要な感じだった。仕事も隙あらば1人になれる場所を探してノートに暗い気持ちを書き殴って泣いていた。他の人の前では普通にしていたつもりがまわりにも心配されるようになっていて、行動や表情がもう自分でコントロールできなくなっている感じが、すごく怖かった。でも山形に行ったらそれが、ぜーーーーーーんぶ、ほんとに全部治った。また山形に行ける時まで頑張ろうって思えた。本当にありがとうございました。そこからはとりあえずがんばった。冬休みのためにがんばった。結果、落ち込むというより疲れた。仕事自体に楽しみを見出すことはなくて、消費していた。「いつか死ぬけど、幸せに感じる時間の割合は増やせる」みたいなことをすきなYouTuberが言ってて絶望した。12時間以上働くんだから無理じゃん。でも、すぐに辞められる訳でもない。そうか〜だから、仕事を幸せなものにするしかないのか〜。自分の人生の目的はこの仕事で叶えられると思って、就職した。仕事=人生でも別に良かったのに、だんだん仕事と人生は切り離されて、仕事を減らして人生を楽しむ!みたいな考え方に陥っていた。じゃあどうしたら、仕事が幸せになるのか?それは、主体的に仕事に取り組むことなんだろうと思う。こうしたい!じゃあこうしてみる、こんな能力をつける、良かったか?悪かったか?改善してまたやる。あと何時間仕事しなきゃいけないのか?じゃなくて、あと何時間で、どこまでできるか?あと何時間しかないからどこまで行けるか?子供たちの心に残る一日になるために。っていう感じで自分なりにやっていかないと、きっとずっと辛いんだと思う。4月当初は、自分の成長すべてが、子供に還元できる、なんて幸せな仕事なんだと思っていた。一人一人に接する時間は有限で、お別れまでに、私のできる範囲でたくさんのお土産を持たせてあげたいと思う。二度とない学生生活の中で、色んなことを知って欲しいと思ってた。何か一つ心に残ることを与えられたらと思っていた。それなのに最近は、今の私にはできないし、どうせいつかできるようにならないといけないし、なるだろうし、まだまだ仕事人生長いから、今年は消化試合、みたいなテンションだったと思う。でも今の私が今の一人一人と過ごせることは今しかないし、長くない。いつも今しかないと思ってやっていかないとと思う。そう思うだけで、やる気にみなぎっているわけじゃない。東京にいるのが苦しい。東京に戻ってきてから自分らしくない気がする。でも私の思う山形での自分らしい生活でしかわたしは満足できないのかな?そうだとしたらなかなか難しい。今年1年もう少し頑張ってやってみよう。東京で私が私らしく生きてることを実感出来たら、東京のこと好きになれるのかなと、少し思う。いまのところ、もう少し頑張ってみたい。お互いに出会えてよかったと思えるような、思って貰えるような仕事がしたい。