なんてまだまだ思えません。
ただ420時間の講座を修了し、資格を得ただけでまだまだ未熟です。
私が日本語を教える人になりたいと思ったのは、人と人をつなぐ橋になりたいと思ったから。
戦争が終わって日本も力をつけて平和な世の中になった。
それでも、国際関係にはナイーブな問題が残されていて、どんなに親しい友達とも、私や彼らの背景にある国というなの組織のアイデンティティのもとでは、論争になる。
アメリカ人とはなせば、核の問題ではなかなか分かり合えない。それが現実。
韓国人とはなせば竹島の問題ではなかなか分かり合えない。それが現実。
でもお互いがお互いの言い分があってその認識の仕方には間違いはない。
そういう事って多言語を学んだだけいろんな認識の仕方がわかってくると思うんだよね。
日本人の声は、日本語でつたえたいじゃん。
もちろん押し付けがましい願いだと思うし、偽善だし、理想論だと思う。
でも、自分の存在価値だけはやっぱり下げたくない。
ただいろんな視点で物事を見られる子供が増えたら、きっと未来は明るいんだろうな。
言語というなの扉を開いてあげられるそんな先生になりたいな。
よしっ!