僕は時々電車に乗ります。結構大きめな都市に住んでいるので、乗客が多く、ほとんどの場合立っていなければなりません。しかし、昨日の夜、ほぼ終電の時間は違っていました。

 

 大学の友人と飲んだ帰り、月明かりに照らされた阪神電車。酔いも回ってかすかに歪んだ視界を楽しみながら、がらんとした車両に一人、僕は座席に座っていました。

「まもなく発車します」

遠くからアナウンスの声が聞こえました。そして、それと同時に、一人の男性が慌てて駆け込んできたのです。

 彼はお坊さんでした。黒、紫、黄の袈裟、草履、きれいに剃られた髪の毛。まあ、夜中に坊さんが必死の形相で電車に駆け込んでくることも、まああるわなと思いながら、少し違和感を覚えました。なぜなら、彼が歩くたびにジャラジャラという鈍い金属音がしたからです。

 彼が僕の目の前を通り過ぎる時、その正体が分かりました。彼はその袈裟の隙間に大量の鍵をぶら下げていたのです。僕はまだ驚きはしませんでした。今どきのお坊さんは、担い手が減っていると聞くし、いろんな家を回ってお経をあげているのだな、とぼんやりと考えました。

 鍵男は僕の斜め右にある、向かい合う席になっている場所に座りました(僕は長椅子の座席に座っていました)。僕は少し気になったので、彼の行動に集中して観察してやろう、と思い、目だけをその方向に向けました。

 鍵男の巣作りは始まっていました。

 彼はまず、向かいの席にタブレットを立てかけ、何やらアイドル番組を流していました。耳にはワイヤレスイヤホン。左手に「推し」らしきアイドルの写真付きうちわ。右手にファミチキ。もはや袈裟は脱ぎ捨てられ、何の柄もない無地のTシャツに変わっていました。

 

 人にはやはり表と裏があり、どちらかがあらわれている時、どちらかはあらわれていない。その切り替えが起こるとは、すなわち「鍵」が差し込まれ、ひねられ、気持ちの良い音と共に扉が開くということ。

 「鍵」はできるだけ、たくさん持っていたい。