「ウランバーナの森」
奥田英朗


 

 

世界的に有名なイギリス人ポップスターであるジョンは

1979年、日本の軽井沢にいた


きらびやかなショウビジネスの世界からは一転

日本人妻のケイコと息子のジュニア、お手伝いさんのタオさんとの穏やかな日々


しかし突如ジョンは、ひどい便秘に悩まされるようになる


それと同時に、過去にジョンが経験したひどい記憶がつぎつぎと蘇り…




再読です




初めて読んだ当時は、

便秘というややユニークなジョンの悩みにホッコリ笑えるお話という印象だったんですが



再度してみたら、ジョンの辛さや苦しさがとても印象的


改めて読むと、これは過去のトラウマとどう対峙するかという物語だと思いました



「便秘」というソフトな主症状で表現されているが

これはパニック障害といっていいだろう



ジョンをたびたび襲うトラウマとは

今まで傷付けてきた人、やってしまった過ち、そしてジョン自身が受けた傷です



まず大前提としてジョンとは

名前のとおり、あの有名すぎる4人組ポップスターのひとりがモデルです


 

 

 

 

日本人の妻がいて、ファンからの凶弾に倒れたあの方です



で、わたし彼のことをほとんど知らなかったんですけど

この物語はわりとモデルにした本人に忠実に描かれているようなんです



両親の愛に恵まれなかったのも史実

軽井沢で、家族と穏やかに過ごした時期があるのも史実

意外でしたが、かなり荒れた人間であったらしいのも史実だそうで

真顔ラブ&ピースとかいってるイメージだった



物語に出てくるジョンの後悔のひとつ

マネージャーのブライアンも実在するらしいんです


 




まあとにかく物語のジョンは、

原因不明の便秘と不安感に悩み、心療内科に受診します

その診療所のまわりに広がる不思議な森で

ジョンはたびたび、過去の亡霊と遭遇します



気まぐれに傷つけたガールフレンドの母親

殴り合いで殺してしまったんじゃないかと苦悩していた船乗り

自分たちのために尽くしてくれたのにイジメたマネージャー


そして、ジョンのいちばんのトラウマである

自分を愛してくれなかった両親



もちろんそれは、妄想のひとつのようなもので現実のものではないんだが

ジョンは彼らと久々に対峙することで

少しずつ癒されていきます



正直、さんざん傷つけた人たちにいまさら謝ってもそれは独りよがりではという感想もありますが


それでも


わたしは、自分ががウランバーナの森に訪れたら

会いたい(会える)人は誰だろうと考えてしまいました



傷つけた人、恨んでる人、分かり合えないままだった人


そういう人と改めてて会えたとして

いったい何を話すだろう

何を話せるだろう



気持ちは楽になるんだろうか?


そして、そういう過去のわだかまりって、乗り越えないといけないんだろうか?




物語中の心療内科医は飄々と

「便秘で本当に困ることありますか?便が出なくても生きていけるなら問題ないのでは?」

的なことを言います



昔はコレ、おもしろい医師だなと思っただけでしたけど



改めて読むと

「便秘」を「過去のトラウマ」にも言い換えられるなと思って



思い返しただけでイライラしたり、手が震えたり、呼吸が乱れるような記憶がある

でもそれが過ぎればまた普通にご飯を食べたりテレビを観て笑ったりできる

そんな感じならば抱えたままなんとかやっていけるんじゃないか



ジョンはひとつひとつ対峙することで癒されますが

(実際に彼らと話をしたわけではなく、あくまでジョンの気持ち上で)



医師はまた逆説的にトラウマとの付き合い方を提示してくれたように思えました



わたしも人生の折り返しを(たぶん)過ぎた

そのせいか、最近特にこういう

人生の棚卸しだとか、生まれ直しみたいなことが気になる


余計な荷物を捨てて、うやむやにしてきたことに決着をつけて

残りの人生を軽やかに生きていきたい



だけど、そううまくいかないのが人生というもので

「いらない荷物だけど自分の一部」として抱えて生きていく

という覚悟も必要なのかなと思ったりする



完璧な幸せなんてないし、幸せの輪郭もあやふやだけど

幸せだと思い込んで生きていくしかないじゃないか



そう思うことで、自覚しない自分の傷が癒されることもあるのではないか




物語にも出てくる、ジョン・レノンの両親への想いを描いた歌


なんとも胸が苦しくなる歌詞

しかし、ジョン自身も前妻と5歳の息子を捨てているということを思うと複雑…

負の連鎖というか…




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