母親とその恋人に、
進学の費用を使い込まれ、虐待行為に遭い、家を捨てた姉妹
18歳の理佐と8歳の律
住み込みの仕事のツテをたどり、守さんと浪子さんの営むお蕎麦屋さんにやってきた
そのお蕎麦屋さんは、水車と石臼で蕎麦を挽いており、
その水車と石臼をみまもる役割をしているのが、
お喋り上手な賢いヨウムの「ネネ」だった

理佐と律の母親とその恋人の哀しさ、愚かしさは言うまでもないんだが
わたしはこの話を読んでいちばん心に沁みたのが
「誰しも一人では生きられないし、みんななにかの役に立っている」
という世界のあかるさだった
たとえば
ネネは蕎麦を挽く水車と石臼の様子を見計らうのが人間よりもバツグンに上手いんだが、
なんせ鳥なので蕎麦の実の補充なんかはできない
そこに姉妹が補助に加わることで、ネネも充分な働きができるというわけ
そんなふうにして、大人も子どもも鳥も
お互いを尊重し補い合うようにして成立するなにかがいくつも描かれていると思う
理佐と律が中年女性になるまでの40年もの間のストーリーであり
震災やパンデミックにも触れられる
なにより、理佐と律をはじめとする
「ハードな環境の子供たち」がいくつも出てくる
子供って圧倒的に分が悪い
本人がいかにポテンシャルが高くて真面目で賢かったとしても
親が弱かった・お金がなかった・親が不真面目だった
などの自分には改善しようもない理由で簡単に詰む
学校を出るまでの、成人になるまでの、
たった数年間だとしてもペイする優しさは、なにも自分を持ち崩すほど大きくなくてもいい
(そこまで捧げるのは、親から子へくらいのもんだろう)
でもその小さな親切のカケラがあるかないかで子供の運命を大きく左右する
親切を受けて育った子供はいつか親切を与えることを知っている大人になる
私がいちばんボロ泣きしたシーンは
幼い律が、ネネと協力して追っ手を撃退するところ
あと律と理佐が星空を眺めるシーンと聡が山下家を訪れるシーン
具体的には
いろいろな声色を持つヨウムに人間の言葉を喋らせて追っ手を脅かすという
方法なんだけど
このお話は魔法の世界の話じゃないし、ネネも魔法の鳥じゃない
律が指示したセリフをネネが喋るだけなのだが、
それが、律が律自身を奮い立たせるために自分に贈る言葉のように思えて
律が強くて、健気で泣けました
守られるだけの存在に甘んじる気は始めから無いのだ
なんというハードボイルド
映画「グロリア」がたびたび物語に登場するんですが
これもまた、身寄りのない見ず知らずの子供を守るハードボイルドなストーリーですね
はじめから最後まで
人間の気持ちを分かってないようで分かっているようなネネの存在が
とにかく救いになるお話でした
ある一面は救いようがないほど淋しく
またある一面は天国のように優しい世界の物語
そのやさしさを少しずつ集めて、淋しいところに行き渡らせたい
それなら案外夢物語じゃないかもしれない
そんな気持ちになりました
