「みんなの旅行」
天野作市


 


 

精神病院に長期入院している柴垣。


ここでは、それぞれの事情やそれぞれの病状をもった者たちが集まっている


あくまでも淡々と、患者たちの日常は続く

 

だけど柴崎は、自分がどのような経緯でここに来たか

思い出せないでいた




 


帚木 蓬生の「閉鎖病棟」を思い出した


「閉鎖病棟」も、そこでの暮らしが淡々と描かれる

そこへ事件が起こるが



この小説では、大きな事件も起こらない



患者同士でのちょっとしたいざこざや(異性関係のドロドロはけっこうあるらしい)

状態が悪化した患者による奇行や錯乱は多少描かれるが



主人公の柴垣は、あくまで冷静に

傍観者的にそれらを眺め心のなかで分析する



かと思えば、突然に柴垣自身も取り乱すこともあり

こういう病気の難しさを感じる



あくまで、病気がその人のキャラクターのすべてなのではなく

病が肥大し本来のキャラクターを侵すものなのだと



おおむね、柴垣は病棟の患者を

暖かく、ときに冷淡に、一定の距離を保ってかなり理性的な人物に描かれる



それだけに、精神をどのような経緯で患ったのか気になるところであったが


章を読み進めるうち、淡々した日々の描写の隙間から

柴垣のしずかで深い絶望が伝わってきた




生きていることは残酷だ

明日の来ないところに行きたい

退院しなければ。死ぬかもしれない。

僕の命と交換してあげたい




各章のおわりに、唐突に差し挟まれる柴垣の独白は

読んでいて不安に淋しくなった




物語の終盤、柴垣はすこしずつ記憶を取り戻していくが

必ずしもそれは明るい方向には向かわない


心に傷を負った経緯を改めて再認識することで

むしろさらに深く暗いところに向かうようですらあった



追い討ちをかけるように、

やっと出会った大切な人を失う

  


それでも柴垣は、物語のラストでゆっくりと快方に向かう



過去のつらい記憶を取り戻すこと

深く誰とも付き合わないようにしていたのに、自分より大切だと思える誰かと出会ったこと


それは柴垣にもう一度

世界の広さや明るさを思い出させる冒険だったのだと思った




 

 


 


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