朝、6時に検温のため起床。

顔を洗う。
私の入院した大学病院眼科は、教授・助教授の他に何人も角膜移植手術を担当しているドクターがいた。
曜日を決め、順番に手術をこなしていく。午前中は外来診療・入院患者の回診があるので、手術は午後からである。

麻酔で気分が悪くなり、手術中に戻したりするとまずいので、手術が終わるまで絶食である。
半日、食べれない。
もっとも、待ち望んだ手術をいよいよ受けられる、という緊張感からなのだろうか、何度も何度もトイレに行くような状態だったので、もし許可があったとしても何も食べられなかったかもしれないが。

さて、いよいよ午後。
私の手術の順番が近づいてくる。
看護師さんが「時間ですよ」と迎えに来る。
手術室に雑菌を持ち込まないようにするため、指輪などのアクセサリーはここで外していく。
もし、外せなかった場合は強力な消毒薬(イソジンみたいな茶色い薬)でグリグリ消毒される。

ストレッチャーに乗せられ、手術室へ。
手術室だけでワンフロアーを占めていて、手術室入口で名前と手術部位の再確認がまず私本人になされたあと、病室の看護師さんが「喘息をお持ちの患者の●●さんです。左目角膜移植です。よろしくお願いします。」と、私を手術室担当の看護師さんに引き渡す。

待っていた主治医に「深部表層角膜移植は術式自体もまだ行われた症例が少ないので、ビデオ撮りして若いドクターたちの教育に使いたいけど、いい?」と確認され、承諾する。
他の患者さんに役立つことなのだから、断る理由は特にない。
また、万一内皮細胞を破損した場合は全層移植に切り替えるから、と改めて伝えられる。

その後、噂の球後麻酔を受ける。
手術中、眼球が動かないように目の後ろにかける麻酔である。
下手な医者がやると失敗して失明する危険がある、と言われている恐ろしい麻酔である。
特殊な注射針が眼前に迫ってき、麻酔薬が注入された。
目の周りに麻酔が効いてくる感じがモノずごく気持ち悪い。

いよいよ手術室に入る。
執刀開始。トレパンという特殊なメスでまず丸く私の角膜に切り目が入れられ、それから小さな注射針で生理食塩水を少しずつ角膜実質に注入し、ふやかして少しずつ除去する、という気の遠くなるような、根気を要する手術が行われている。
私は手術台の上に寝て執刀を受けているだけだが、執刀する主治医と助手のドクターは相当に体力・気力を消耗し大変だろうな・・・と思う。
やがて、デスメ膜が露出した。時々光を当てていたが、実質とデスメ膜では光の反射の仕方が違うらしい。
ドナーから提供された角膜上皮・実質が移植され、髪の毛よりも細い糸で縫合される。
バンデージ効果のあるソフトコンタクトレンズを手術した左目に入れ、その上から眼帯をして保護する。
手術、終了。
手術室に入ってから終了まで、およそ1時間半くらいだったと思う。
主治医は私のあとにも移植手術を控えていて、すべての患者さんの手術が終了するのは午後6時すぎの予定だとのことだった。

手術室から病室へは車椅子で戻った。
病室では今は亡き母が待っていて、「無事終わったんやね・・・。」と出迎えてくれた。
「うん・・・。先生、このあとも5人手術するて言うてはった・・・。」

夕方、母は帰宅した。
その後、その日最後の患者さんの手術を終えた主治医が私の様子を見に病室を覗いていく。
「まだ麻酔効いてるから痛み感じないと思うけど、切れたら痛みだすから・・・看護師さんに鎮痛剤もらうんだよ」と言い、他の患者さんたちの様子を見に行った。

夕食を少し食べたあと、麻酔が切れてきた。
痛い。
看護師さんにロキソニンをもらい、飲んで横になったが痛い。
痛みのあまり、ついに戻してしまった。
それ以上ひどく戻すようなことはなかったので、9時の消灯で就寝する。
こうして、移植して最初の夜は更けていった。