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3月17日秋葉原AKB48劇場、8月よりスタートした研究生公演「僕の太陽」が千秋楽を迎えた。
私にとって研究生の「僕の太陽」はAKBの特殊なシステム/空間設計演出である「劇場公演」を初めて理解し、体験できた特別な公演だ。メンバー名前と性格を覚え、公演のセットリストを覚え、ユニットなどのポジションを覚えていく「成長を見守るアイドル」としてのAKBが持つ原初の喜びを感じれているのが本当に良くわかった。

思い返せば私がAKBに興味を持って好きになりはじめたのは映画Documentary of AKB48の第二弾を見たのが一つのきっかけであってヲタになったのが2012年であるので、その時には既にAKBのシングルは100万枚を突破し、レコ大をとり物語としてはほとんど完結していたと言っても良いような状態だった。そしてヲタになって間もなくしてエース前田敦子の卒業が発表され東京ドームという物語の「ゴール」が提示された。なので私はその物語を振り返る事からヲタ活を開始した。初期メンの苦労やチームKのAに対するライバル意識やチームBのリクアワでの「初日」の奇跡、総選挙、SKEやNMB、HKTなど、それぞれの持つ小さな物語の支流が集まり、大きな川となって「AKB(48G)」になっている事がとにかく面白くて何か壮大な歴史絵巻を読んでいる気分だった。

そして私は実際に東京ドーム公演に参加し、その物語を見届けた。

夏が過ぎ、AKBは第二章に入ったと言われていた。松井珠理奈や島崎遥香や渡辺麻友による次期センター争いがはじまったのだ。
当然「AKB」というある種のスポーツのようなものに興味のある身としては、その頂上決戦は大変に気にはなる。しかしその戦い/物語に参加しているメンバーに推しだとか、特別に感情移入して応援をしたくなるような人がいないことに私は気がついた。外野から見て「どうなるのかな?」だとか「将来のAKB全体を考えて…」という視点からは論じることはできるのだが、個人的に「こうだ」という強い思いが自分の中には全く無かったのだ。
2010年のバンクーバーオリンピックの時、アイスホッケーのカナダvsアメリカ戦が異常に盛り上がっていたのは、移民の国で独自の文化をほとんど持たないカナダにとって「国技」であるアイスホッケーで日頃優秀な人材をカネで流出されてしまっている(あまつさえアイスホッケーの選手までも…)アメリカには絶対に勝たなければならないという他国民には知り得ない国民感情があったからだ。私は当時その試合を日本からTVで観戦し楽しんだが、当然よそ者視点だ。当事者にしか感じられない本当の嬉しさや悲しみがこの世界にはある。

AKBの中でも自分が当事者であるべく「本当の推し」が存在していない事は、早い段階で気づいてはいた。でも私は「マジすか」的な群像劇の方に興味もあったし、そこまで気にはとめていなかったのかもしれない。
しかしそのことに私は若干の後ろめたさ、羨ましさを感じていた。「本当の推し」を持つもの同士の魂のぶつかり合いがAKBを恐ろしくて面白いものにしているという確信があった。「マジ」にならなきゃいけないのがAKBであり、それこそ私をこの世界に引きずり込んだ大きな要因である「マジすか」イズムであるからだ。
その「マジ」をオタはどうやって育んでいるのかというと、握手会や公演でメンバーと濃厚な触れ合いを経験するうちに徐々に愛が積み重なっていくということなのだろうと思う。ハマるキッカケは何でも良いのでどこまでハマれるのかが愛を見つけられるかの鍵となる。

そして、そのキッカケがついに訪れる。Twitterでやりとりをしていたオタクさんから研究生の出ている有吉AKB共和国を見るように勧められたのだ。今思えばそのオタクさんのイントロデュースa.k.a.ステマが巧みだったということなのかもしれないが、TVに映る小嶋真子や岩立沙穂のプレーンな魅力がどうもひっかかった。
彼女たちは有吉に出る時は皆一律に同じ制服やTシャツを着る。それは仮面ライダーにおけるショッカーの構成員やスターウォーズのクローン兵のような「名もなき者たち」という扱いにも近い。しかし当然、彼女たちは現実に存在し、各々に人格がある。(失礼…)
このような状態からぐぐたすなり様々なメディアを通してキャラを理解していくというのがオタの通例なのだが、研究生はメディアに蓄積された情報がまだ少なくキャラの形成の途中であるメンバーが多い。それが大変に魅力だった。
研究生を観測できる公演も正規チームより多く、メンバーもほぼ変わらないという環境も私の研ヲタ化に拍車をかけた。雨が降ろうと、雪になろうと行けるときはロビーへ通い、行けないときはTLで情報を得て、眠い目をこすりながら有吉AKB実況に参加し、ぐぐたすにコメントし、キャラアニを開いてカネをかけて握手券をとり、モバメをとっているうちにどんどん愛がかけ算になって拡大し螺旋状に上昇していった。青春が息をするのが聞こえ、もどかしいほど愛しさが脈をうつのを感じた。研究生たちのことを「我が軍」(失礼)などと呼ぶようになっていた。

そんな状態の中、去る3月3日、私は初めて研究生公演「僕の太陽」を劇場で見ることができた。
それはもう言葉を絶する感動だった。自分が「マジ」で大好きで愛する人たちが歌い、踊り、レスをくれる。本当に楽しいし嬉しかった。馬鹿かもしれないしクズかもしれないし何の生産性もないかもしれない。でも、こんな気持ちになれるって僕はついていると思ったし、これが宗教ならば神様はオタクの心の中に存在してると思った。

そんなこんなわけで「僕の太陽」は終了した。14期のメンバーが口々に「この公演は自分にとって初めて覚えた公演で」というよう発言をしていてヲタ歴の浅い私は「オレモー!!」と全力で同調したい。本当に特別だ。それこそ僕の「僕の太陽」である。
因果な者で私がもうちょっとAKBにハマるのが早ければチーム4を好きになっていて「僕の太陽」といえば東京ドーム2日目の島崎遥香の涙を思い浮かべるようになったかもしれない。しかし私は超満員のロビーでオタクと体験したこの「僕の太陽」を想うのだろう。

劇場を出て階段を降り、駅まで歩いた。秋葉原はまだ肌寒い春の風が吹いていた。ひとつの区切りがついた感慨にふけりながら私は帰路についた。総武線の中でオタクと興奮気味に今後の研究生の展望などを話した。そして今、この文章を書いている。
私は少し考えた末、今後も「研究生」を推していくことにした。もちろん思い入れのある今のメンバーが昇格したとしても応援するが、それ以上に自分で見つけた「研究生」という場所の居心地が良くなってしまった。これから新しいセットリストがはじまり、15期生も加入し、また新しい研究生公演が始まっていく。いや、もうすでに始まっている。そう、太陽は何度も夢を見るのだ。
本当に素晴らしい公演をありがとうごさいました。ガチ恋です。愛してま~す!!