朝、携帯が鳴る。男の野太い声。
「木村さんですか?」
「どちら様でしょうか?」
「昨日うちの女に名刺渡しましたよね?」
最低限の敬語はつかっているものの、相手はかなりのボルテージ。
そういうことね。
会社の名刺を渡してしまったことを反省。今後は二度すまい。
今後二度と会う予定のない相手に対してつまらないことでたてついてバトったって仕方ない。
謝ってすむもんならソッコー謝るのが得策。朝の頭がフル回転して出した結論。
彼氏もちであることを知らずに名刺を渡したこと、
不愉快な思いをさせて申し訳なかったこと、今後二人に迷惑をかけることは無い旨伝え、
相手も納得したようだったので、電話は切れる。何とか出勤に間に合う。
しかし釈然としない思いが残る。
はぁ?あんた婚約者か?テメーに文句言われる筋合いは1ミリもねえよ!
と咽まででかかっていた。
連絡先渡されたくらいで、取り乱して電話してきやがって。小せえ男だ。
俺の女なんて連発していきがってんじゃねえよ。
昨日かわいい彼女から話きいて、嫉妬で夜も眠れなかったんだろうな。
嫉妬は一番醜い感情だ。相手を信頼してない証左だ。
相手が別の男を選ぶかもしれない、という不信感と劣等感、自分への自信の無さの裏返しでもある。
そんな醜い自分に対し、強制的に女を服従させたい、問答無用で自分への貞操を誓わせたい、という独占欲。
女が自主的に様々な選択をする一個の人格であることを無視した幼稚な感情の暴走、それが嫉妬だ。
問い詰めたかった。
そして自分の生き方に疑問を感じた一日だった。
サラリーマンである自分。特に老舗有名企業で客商売であることを考えると、
一般人との感情的なトラブルは絶対に避けなければならない。
なまじ誰でも入ってこれる職場であるため、基地外と関わると何があるかわからない。
しかし、それでいいのだろうか。
嫌いなこと、納得のいかないこと、筋が通らないこと。守りたいこと。
会社に迷惑がかかる、というだけで容易く曲げていいのだろうか。
相手に謝ったことで得られる平和な一日の価値はどれくらいなのだろうか。
今日謝り、明日も謝り、永遠に謝り、私の周りの平和は保たれる。
そうして勝ち取った何も起こらない毎日、穏便である毎日に何の価値があるのだろうか。
小さい頃から私はそうだった。
平穏な日常が乱れることを極端に恐れていたのだ。
健全なことも、不健全なことも、
正義も、悪徳も。
自分の言動の針が大きく触れることで周りが動揺するのが怖かったのだ。
その度に、自分が悪くなくても謝った。
今日もKの説教は長かった。
K宛てのFAXを勝手に読んだこと、スポットのあたり具合がずれていたこと、
キャプションがまがっていたこと。
そのうち話が大きくなり、私が成長しないことや同期の二人に比べ劣等であること、
気遣いや振る舞いがなっていないことなど精神論を小一時間聞かされた。
説教の途中、私は自分の生き方について考えていた。
今、反撃し自分の正当を主張すべきか、謝って事を最短で収めるべきか。
はっきりってつまらない話題ではある。
しかし、生き方の瀬戸際を感じていた。
また謝るのだろうか、私は。今までと同じように。
今日謝って事態を収束させても、数日後にはまた怒られる。
今日謝ったことで得られる数日の平穏の価値はどれくらいだろうか。
逆に、謝ってもたいして進歩しないことが後日怒る口実になりはしないか。
今まで、相手の話を聞き、全て肯定することが私のコミュニケーションだった。
しかし、それに限界を感じていた。
相手に対して主張しないと始まらないこともある。
それによって、相手が余計に怒ったとしてもそれが何であろう。
一日、二日、極めて険悪な状態になったとしても、
言いたいことを言って修復するのと、不満を抱えたまま修復するのとでは、
どちらが今後のためになろう。
もちろん私は全力で修復の努力をするだろう。
相手を理解するには粘り強さが何よりも大事だからだ。
たとえとの仲が決定的に決裂したとして、それが何であろう。
どうせ、二、三年で別れる上司である。一生一緒にいるわけではない。
私は、今日一日の平穏を必要以上に守りたがる習慣が身についているのかもしれない。それも非常に浅薄な方法で。