2025.6
映画「国宝」
旅行の手配にちょっと疲れたので、息抜きのつもりで「国宝」を観てきました。
ところが、息抜きどころか、こんなに凄い映画を観ることになるとは。
歌舞伎の世界で、「血と芸(血縁と才能)」の葛藤と苦悩が描かれています。血のない者は悪魔に魂を売って芸を磨く。「その血を飲みたい」という主人公が絶望のなか舞う姿は映画「ジョーカー」を思わせます。そして、血のある者は、その血を恨み絶望する。いわゆる二世の苦悩だけではなく、血は吉凶をも遺伝させる。この二人が共に舞う姿は本当にとても象徴的です。その舞を見るだけでも心が震えます。
まず、観ていない方に、この映画は歌舞伎の世界を描いているけれど、決して「歌舞伎の映画」ではありません。歌舞伎を知らなくても楽しめるのはもちろん、歌舞伎を知っている方は、主題が歌舞伎ではないとわかるでしょう。
何を言いたいかというと、これは世襲制の芸能世界にいる人間を描いた映画。
原作はこれから読もうと思っているので、理解は浅いかもしれないけれど、この物語の人間模様がとにかく凄いのです。そして、それを演じる演者が凄いのです。
私は、幼い頃から日本舞踊と三味線を人間国宝の師匠に習っていたのですが、習った内容よりも、小学生の時に目にした人間模様に衝撃を受けたのを覚えています。
最初、当然、歌舞伎役者が演じるものと思っていたところから(基本情報知らなすぎ!)、なぜ歌舞伎役者がやらないのだろうと思っていたら、見るとわかりますが、これは歌舞伎役者が演じる映画ではないのだなと理解しました。
先に書いた二人の舞う姿は、歌舞伎とは圧倒的に違う。歌舞伎では演者がその役をどう表現するか、なのに対して、この映画では、その役を通して「演者である人間」を演じているのです。
劇中でも歌舞伎の演目の見どころが上演されますが、これは、演者の心のうちを表現するツールとして使われているのかなと。現に、同じ演目が2回上演されるのですが、1回目と2回目の意味合いが違い、演じ分けられています。
個人的には、そのあたりが見どころだと思います。
主演の二人吉沢亮と横浜流星(と田中泯)の舞踊が凄いインパクトでした。本当によく稽古されたのだと思います。そして、舞踊を含め、この二人(と寺島しのぶ)の迫真の演技がすごいです。吉沢亮はコスチューム俳優だし安定かな、とは思ってましたが、いやいやそれ以上でした。横浜流星はお恥ずかしながら初めて観ましたが、お名前からアイドルかと思って敬遠していた大河を見始めようかと思うほどの演技力。最後の道成寺や曽根崎心中では主役の吉沢亮を喰っていたと思います。
そして、最後に、李相日監督と撮影監督ソフィアン・エル・ファニがすごい。
タイプは全く違うのですが、私の愛するスコセッシとその撮影監督と同じ感じです。
スコセッシが光の使い方が好きなのですが、李監督は静かな雪の表現が素晴らしい。この映像が生む没入感はぜひ映画館で見るべきだと思います。
これは、「心に響く」ではなく、「心をえぐられる」映画です。
ここまでの映画は生きているうちに、もう出てこないかもしれない。
7月の世界一周の前に長野に行きますが、その前にどうにかもう一度映画館で観たい。
