長年連れ添った夫婦は顔が似てくる、とはよく聞きますが、
あれは似たところがある夫婦だから長く連れ添えるのかその逆なのか。
鶏が先か卵が先かという問いがいつも頭に浮かびます。

私たちカップルも交際期間7年と、なかなか長い付き合いでした。
周囲の人にも「よく似ているね」とか「姉弟?」と聞かれるほど雰囲気も顔も似通っていたようです。
それを聞くに連れ「相性の良い2人」と第三者に保証してもらえたような気がして、いつしか心の拠り所にしていたように思います。


私たちの根幹にある溝は、時が経つに連れより深く、より暗さを増していきました。

その溝にはじめに気付いたのはいつだったか。
彼ママに罵声を浴びせられた時だったかもしれないし、
ごじもすにいじめられた時だったかもしれないし、
もっと前からだったかもしれません。


大きな溝に気づかぬ振りをしようとしていた私たちですが、ある時から将来を見据えてその溝を埋めようと躍起になりました。
それは彼ママと仲良くなろう大作戦だったり、
距離を置いてお互いの存在を再認識しよう作戦だったり、
第三者からの「それだけ長い付き合いなのだから結婚して当然でしょう」という「常識」に自らを追い込む作戦だったりと、
「その時点でダメだろう」というようなものばかりでした。


この溝は埋めようのないものだと悟ったのは彼ママに罵倒された私を更に踏みにじってきた彼の姿をみた時でしたが、
私たちの関係が歪なものだと気付いたのはそのもっと前、彼が故郷に帰る日だったかもしれません。


彼は自分の始末をつけられない人でした。
これから一生の仕事を成しに行くと、覚悟を決めて旅立つその日まで、
私に引っ越しの全てを任せて去ってい行きました。

このことは私たちの関係を端的に表す出来事だったと思います。

私たちは、お互いの間に流れる溝を、それぞれ役割をもつことで埋めようとしていました。

即ち彼は「擁護される者」であり、
私は「擁護する者」であることで
2人の関係に意味を持たせようとしていた…
そう思えてならないのです。

結局私は、「私は家政婦じゃない!」と訴えながら
自ら家政婦や母親の役割を担うことで
「もう、しょうがないわね」と悦に入っていたのだと思います。

そうしないと私たちが2人でいる意味がないから。
そうしないと私たちはお互いを保てなかったからです。

すべては身から出た錆でした。