遠恋期間中、私達はお互い「相手に変わって欲しい」という願望がありました。

私は彼に、「唯一無二の存在として私自身を愛してもらいたい」と思っていました。
その証として、「彼ママから私を守ってくれる」態度が欲しかった。

同居云々だけを見れば、「嫁姑問題が嫌だというだけのワガママ」に映るかもしれませんが、私としてはそれは象徴的事象でしかなく、
本質は「私が苦難に直面したとき、彼は共に歩んでくれる」という確証が欲しかったのです。

一方彼は、私自身に何を望んでいたのでしょう。

今では確かめることもできませんが、
少なくとも私には、
自分のYシャツを用意してくれる家政婦兼、
気の強い母の相手をする介護者兼、
家庭という大変世間体の良い場を提供してくれるスポンサー
を欲していたようにしか見えませんでした。

酷く穿った見方なのは分かっています。

それでもそうとしか考えられなかったのは、このご縁で私が失うものがあまりに大きかったからです。

もしも私が沖縄にお嫁に行ったら、
私はそれまで培ってきたキャリアも友人も家族も、全てを捨てなければなりません。

一方彼は現状を何も変えることなく、身の回りの世話をしてくれる便利な存在を得ます。

彼に私と同じ道を歩む覚悟があるのなら、2人全く知らない土地でゼロから始めるか、
せめて何か1つでも諦めてもらいたかった。

そうでなくては、私ばかりが犠牲にするものが多すぎる。

そうでもしてもらわなくては、とてもではないけれど愛情を育んでいく自信はありませんでした。