しばらく、更新が止まっていてすみませんでした。
年度末に向かっていることもあり、怒涛の仕事の山にうずもれて
なかなかブログに向き合うことができなかったのでした。
が、ちょこちょこ更新させていただきますね。
で、本編です。
この頃のNOCOにとって、味方は誰もいない四面楚歌だけではなく、
気を抜くとどこから攻撃されるかわからないという状況でした。
そのため、夜になるといつも同じ思考に陥るのでした。
「〇んで楽になりたい」
「どうせ○ぬならいっそのこと、周りをみんな道連れにしたい」
「どうやって○のうか」
「痛いのは嫌だな」
「普通に○んでしまったら、誰の心にも残らない、だったらみんながいちばん
衝撃を受ける場所で、方法で○ぬのがいいのでは?」
「ならば、やっぱり誰かは道連れに?」
「みんな一人ひとりについて書いた遺書を残しておくのは?」
と、学校の人たちを巻き添えに〇ぬことを考えていたり、
「母親を○したい。」
「それよりも、母親の前で、『あんたのせいで〇ぬんだよ」といってから〇のうか」
「どうすれば、母が後悔するのか」
毎晩毎晩考えました。
今みたいに、インターネットがない時代。情報は少なくてドラマの場面から想像したり、
化学の授業で「これは危険です」という話を聞くたびに
「これは使えないか?」と想像したり、
お日様の昇っている時間にはふと忘れているのですが、
家にいる暇な時間
(以前の記事にもあるように、ご飯を食べる時間以外は自分の部屋にいて
勉強以外許されていなかったので、ぼぉ~っと考える時間が山のようにあったのです)
暇だなぁ~~って時間からどんどんと思考の渦に落ちていったのですが、
ある日ストンと思考を変えました。

