どうしてこんなことが起きたのか・・・・。
どうして卑怯者になってしまったのか・・・・。
あの頃のNOCOには全く分かっていませんでした。
大人になってわかったこと、それは空気が読めないNOCO母とNOCOの特性のせいでしょう。
おそらく、NOCO母は担任からモンペと認識されていました。
(・・・がNOCO母は気づいていません)
NOCOも、関西に住んでいたころと変わらずの忘れ物大王だったため
問題児と認識されていたと思います。
(・・・がNOCOも気づいていません。)
おそらく担任はNOCOがいじめられていたことは気づいていました。
そして、あの母にしてあの子あり、いじめられてもしょうがないって
思っていたのだと思います。
更に言うなら、これは全くの憶測ですが、
学校で三者面談をすることになったとき、
先生は、
「今までご迷惑をおかけして申し訳ありません。
きちんとルールに従わせます。だから何とかしてください。」
とNOCO母が頭を下げることを想像していたのだと思います。
ところが、NOCO母は
「どんな理由があるにせよ、いじめを見過ごすのですか?」
学校に責任があるような発言をしてしまったんです。
それはきっと、NOCO母がむかし教師だったという自負が
そうさせてしまったんでしょう。
私も教師だった、私だったらこうした。
ということを先生に求め、それが関西にいたころを受け入れられていたため
当然に受け入れられると思っていたら、
まさかのモンペ扱い。
NOCO母も納得いっていなかったんでしょう。
そんなこんなの面談で、完璧にNOCO達を「問題家族」と認識した
担任は、
「誰から聞いたかは言わない」は言わないものの、
事実上はわかるような形で話し合いを進め
NOCO母の要望「なんとかしろ」を形だけ遂行したのでした。
きっと、NOCO母の言い方や、これまでの流れが違っていたら
全然違っていたのでしょうね。
・・・しかし、そうまでなってしまっても、NOCO母は
「ない袖は振れぬ」
「学校はOKしている」
と、NOCOに柄の靴下、真っ赤な靴で登校させるのでした。
