自分にとっての「最高の選択」は常にされている。
・大金は入らない ・安い賃金で働いている
・古くてボロい家に住んでいる
・恋人と離れている ・持病がある
・家族のことで悩んでいる…等々
これが今の「現実」なら
これが今の「最高の選択」という事になる。
一つ一つにそれぞれ理由付けがちゃんとあって
そう自分で決めている。
それが “私” 、“自分らしい”と思っている。
誰かが決めているわけでもない、
自分が決めている。
“自分の望み。”
そして“望み通り” だ。
望んでいる通りに現実がなっている。
ーということ。
でも、これ↑どーよ
ザンネンなことばっかりで。。( ´△`)
「ヤダな~、ヤダな~、ヤダな~」
ばっかりでしょ。
☝️
そんなとき!
“全自動警笛装置” が鳴りはじめている❗
ー🚨これ、ちがくね??ー
いや~、この現実💧
違う気がするんだけど。。💧
なんとなく、
こうじゃないほうの自分の事を知っている気がするし。
こうじゃない、自分の姿を知ってる気がする。
ーこうじゃない自分をもう見てる。夢見てるー
“理想の望み” は自分のなかに湧いてくる。
“大金が入って、働かなくてもよくなって、
新しいキレイな家に住んで、好きな人と結婚してて、
健康で気分よく毎日幸せに暮らしている。”
るんるんるん。
~そのるんるん姿をもうすでに、自分のなかに見てるから
“そーなったらいいな。♥️”
“そーなったらすごく幸せなのに。”
と感じるのだ。
“本当みたいに” 、
感じるのだ。
“本当みたいに” ~
そっちが本当だヨ
そっちやんないで、どーする。
ー“こーなりたい。” は
自分の選択肢のなかにすでにあるもの。
なきゃ存在しないんだから、
もう、存在してるからこそ
“そーなったら” ~ どんな感じがするのか、
自分にはわかる。☝️
“本当みたい” 、に感ずることができる。
ーそして、そのうちに!
もう一度、同じ感覚を今度は現実として!
“体感” することになる。
そして、その時は
“ウソでしょ。。”
ではなく、
“あたりまえー。”
という自分で受けとめられるはず。👍
~自分で創って、
自分でオーダーしてるんだから。~
もう不思議でもなんでもなく。
予言でも、予知でもない🔮
「こんな現実ヤダぁ~💧」は
「最高の選択」を
呼び出してくれる。
イヤな現実が、
るんるんな現実を連れて来る。