日曜日の午後、生き死にの境目は・・・・ | テキトー親父NOBYのデイトレ日記みたいな

テキトー親父NOBYのデイトレ日記みたいな

70歳になった親父デイトレーダーの結末は・・・・・・
さてさて、どうなりますことやら・・・・・・

長く生きていると、

それは、大勢の生き死にを目をするコトでもある。


オイラは長く会社経営をしていたので、

社員、その家族・・・・取引先の方々・・・・

友人達・・・・

そして、身内・・・・・・

いろんな人達に別れを告げてきた。


一人で生きている訳ではないと実感する。


交通事故等もあったし、

病死もあるし、

悲しいかな自殺もあった。


覚悟して迎える場面もあるし、

予期せぬ訃報に愕然とする場面も・・・・・


楽しい思い出は、ぼやっとしていて、

悲しい辛い思い出は鮮明に心のどこかに残っている。



死を知った時は、悲しいが、

生前の良き思い出を探していく・・・・・



時が過ぎ、

オイラの知り合いが、どう暮らしているか、

生きているのか、もう亡くなっているのか、分からない。

オイラの今の環境になって、

友人や、様々な繋がりも少なくなり、

たまに、風の便りくらいで知る。



諸行無常、

そこまでの境地ではない、

確かに理不尽ではあるが、

どうやって生きていけるか、

生き残っているかは、

実に不確実だが、

誰でも、どこかで居なくなるのだから・・・・



生き死にの境目は、今にある。