朝からぱっとしない天気で、いやらしい感じの雨である。
温度はさほど低くはないので雪にはなるまい。
新しい事を始めようとする思いは、行動が伴わない間は迷っているのだと思う。
若い頃は、迷った時には、やってみなさい、とモノの本には書いてある。
やらなければ何にも変化は訪れない。
変化が進歩とは限らないが、そこには大いなる可能性が潜んでいるには間違いない。
変化して進むには、覚悟がいる。決意がいる。
今までのあったはずの環境を捨てねばならない。
日常生活に置いての変革は、案外リスクに感じるもので、決断しにくいもの、それに例えばそれが空間を移動する様なファクターがあると、お金もかかり、労力もかなりかかる。
又自分に近い人達の賛同を得るには、それなりの理由がいる。
大義名分を示せ、等と云う声も聞こえる。
若い時に、そんなものが必要だと思う訳がない。
感じるままで、本能の任せている場合が多いのだから。
感じる力や、そう思う本能は、才能の発見の原点だと思う。
現在自分がいる、空間や磁場の居心地が精神的に大変良くない事を理解してもらうには骨が折れる。
でも、恐れず行く人には未来がある。
覚悟があるので、後悔がない。
損得で判断する人は、暴挙と云うかもしれない。
その方を真剣に信用している人は、成長を願う人であり、やってみなさい、と云ってくれる。
結果は誰にも分からない、とりわけ本人には感じる事だけが全ての状態が長く続く。
決断して断行した人はそれだけで精神的には素晴らしい成長しているのだが、人は物欲があるので、形になり見えてくまでは夢中である。
戻る事は出来ないが、帰る所がある方は幸せである。
戻る場所がない方は、今現在生きている場所が常に起点になる。
で、人生は終わりのない旅の様だという表現になる。
行き抜いて行こうと思う気持ちは、偶然から生まれるのか、必然だったのか。
運命とは、何ぞや。
人は死ぬまで問うて生きていくものらしい。