「THIS IS MY WIFE No.2」これは複数の妻を持つアントニオが僕に紹介する時に言った常套句だ。アントニオ・アキノはマルコスに暗殺されたベニグノ・アキノの実兄だ。ルソン島中部の穀倉地帯ターラック州の名門であり、途方もない大地主である。ベニグノ・アキノは通称ニノイと言い美男子でもあった。頭脳も明晰であり、小作民たちの人望も厚く政治家の道を歩んでいた。兄アントニオが資金を作り、弟ニノイが未来の大統領を目指していたのだろう。このニノイにイメルダが一方的に求愛していたらしい。アントニオの言葉だ。イメルダも娘時代は相当な美女であり、美貌に絶対的な自信を持っていた。美人の私が好きになったのだから、ニノイは喜んで応ずるべきだと思ったのだろう。今でも美人が共有する感情である。不細工な面相と性格の悪さを省みることなく女性に一方的に思いを寄せる男たち、所謂ストーカーとは全く逆の場合だ。が、どちらも相手の好みと相性を無視している。結果、ニノイはイメルダの求愛を拒否したらしい。自信と誇りを傷つけられたイメルダは、この時から怨念の鬼女となった。ニノイの地盤であるターラックの北部のイロコス州の野心的政治家マルコスと結婚したのはニノイに対する面当てでもある。

 鬼籍に入った故マルコス大統領には失礼だが、ハッキリ言って美男子とは言えない。不細工な面相だ。それでも怨敵ニノイに仇を返す為には、政敵マルコスに協力すべきだと思った。女の執念は怖い。この怨念と謀略が実を結んでマルコスは大統領となり、イメルダも権力を掌握した。夫唱婦随と言うが実際は逆であろう。

※明日に続く