こんな有様で形骸化している国連に頼っているのが日本人である。小沢一郎はそれを分かっていながら国連軍への参加を言い募っている。それは日教組を代表とする反日左翼政治家を取り込む為に考えた悪巧(わるだく)なのだが 自衛隊を違憲とし軍隊を認めぬイデオロギー保持者に対し 「国連軍が編成された過去もなく 安保理決議に基づく武力行使が決定されたとしても遵守(じゅんしゅ)すべき法的義務はない」事を諄々(じゅんじゅん)と説いて了承させたものであろう。しかし イラク、湾岸、コソボ等々の戦争やアフガン等々の戦争やアフガンに一方的に攻め入った旧ソ連軍の戦争は全て「人道」を理由に軍事干渉を実施しており これが慣習法として確立しているのが事実である。その上 信じられぬことに国連における「侵略」の定義は未だに確定されていない。それはそれぞれの大国が何時如何なる方法で軍事干渉をする可能性を示唆(しさ)しており 「侵略」の定義が未だに確立されていない事実は 「平和」の定義も闇の中であることを知るべきであろう。即ち 平和も人権も国連の影響力をもって解消する事は不可能である。序(つい)でながら 安保理決議に基づく平和回復運動というのは国連が主体となって実施する武力行使であるが PKO、PKFに見られる小規模な戦後処理は別にして全く機能していない。そして この平和回復運動という武力行使は 集団的自衛権とは全く別物である事を確認せねばならない。


 一昔前までは「神の停戦」という言葉があった。戦争の当事国が不利な戦況にあった場合 ローマ法王に停戦を依頼するという習慣があった。今思えば良き時代と言えるかもしれぬが 依頼をされた法王庁が戦争を有利に進めている当事国に「エホバの名の下に戦争の終結を勧告する」のである。もしや法王庁の勧告という神の命令を聞かなかった時 その当時国はローマ法王庁より「破門」を言い渡される。そして「破門」された国に対し キリスト教国家は一斉に外交を始めとする交流を閉ざすことになる。いくら戦争に勝利しても世界の孤児となる事は亡国を意味したので 法王庁の勧告は受け入れられることになり 不利な戦争を止めることの出来た当事国は莫大な寄進を法王庁に差し出したそうである。しかし現在では 米ソ両国による冷戦が終結して多民族、多宗教国家が乱立する中で「神の停戦」は効力が失われた。その上 拒否権の発動という抵抗力の中で有名無実と化した国連に 世界の紛争を解消する能力はない





※ 明日に続く