※ この記事は1月16日~1月18日までのまとめです


 紀元前13世紀、エジプト帝国に於いて 奴隷として虐げられていたユダヤの民を 預言者モーゼが率いて カナンの地(パレスチナ)へ向かった。彼らの神の予言では 「神は カナンの地を ユダヤの民に与える。」というものであった。エジプト軍が追撃する中、モーゼは 杖を上げて紅海を真二つに裂き割って ユダヤの民を対岸に渡し 最後尾が渡り終えるのを待って 再び杖を上げ 迫り来るエジプト軍団を、海を元に戻すことにより紅海の水底に沈めて終う。これは ご存知 モーゼの「十戒」という映画のラストシーンであるが、その後 モーゼはユダヤの民と共に シナイ山を経てカナンの地に向かうのである。しかし、その後 モーゼとユダヤの民がどうなったか、知っている人は非常に稀であると思う。


 モーゼの後 一世代の長きに渉って 砂漠を放浪したユダヤの民は ヨシュアという名の預言者に引率されてカナンの地に辿り着く。そこで 土着の民と争ったり 融和したりしながら定着していくのである。ある町では神の命令により そこに住む老若男女といわず 羊一匹牛一頭に到る迄殺戮し尽くしたらしい。神の命令であるから ユダヤ民族にとって良心の苛責などは 無論皆無である。


 それから何世紀もの長い間努力を重ねたユダヤ民族は やがて大きく繁栄していく。紀元前10世紀頃になると ダビデ ソロモンという歴史的にも有名な王の時代になって絶頂期を迎えた。「ソロモンの秘法」などと言われ 後世の冒険家達の夢を掻き立てたのはこの王のことである。


 しかし ソロモン王の死後 ユダヤの王国は南北に分裂し 北はイスラエル王国 南はユダ王国として 同じ神を信仰しながら独自の道を歩むようになる。そして紀元前9世紀になると 北方民族アッシリアの侵攻を受けてイスラエル王国は滅亡する。更に紀元前587年には 東方のバビロニア帝国にアッシリアもろとも ユダ王国も征服されてしまう。この時 ユダヤ民族は全員 バビロニア帝国の首都バビロンに連れ去られ 約半世紀に渉って 「バビロンの捕囚」として留め置かれる。既ち カナンの地(現在のイスラエル)にユダヤ人は一人もいなくなったという事だ。


 この後 紀元前538年になると バビロニア帝国はアケメネス朝ペルシアによって滅亡させられ ユダヤ民族はカナンの地に帰ることを許された。この時 カナンの地に戻った部族も多くいたが 一部のユダヤ人はバビロンに留まり そのどちらでもない 新天地を目指した部族もいた。この カナンの地に戻らなかったユダヤ民族を指して 「ディアスポラのユダヤ人」というのであるが それ等のうち一部族が日本の東北地方に土着したという伝説があり、イエス キリストの墓なるものが現存している。


 アケメネス朝ペルシアの治政は 統治方針がとても寛大であり 特に宗教に関してユダヤ教を縛るような事はなかった。それどころか エルサレムに破壊されていた神殿の再建さえも許した。そして ユダヤ人ながら アケメネス朝ペルシア帝国の高級官僚に抜擢された人物に ユダヤ教の聖書の律法を編纂する事を任せた。勿論 律法の内にペルシア帝国の統治方針と反逆を不可とする旨を組み入れたのであるが。


 更に時代は流れて ギリシアにアレキサンダー大王という英傑が誕生した。アレキサンダーは 画期的な新戦法を駆使して またたく間に近隣諸国を平定し 紀元前4世紀にはその版図をペルシア帝国に迄拡大した。アケメネス朝ペルシア帝国は ここに滅亡するのである。


 そして 更に時代は過ぎて 紀元前1世紀になると あのローマ帝国が出現し ギリシアをカナンの地より放逐して終わった。


 しかし ローマ帝国の治政はユダヤ民族にとって苛酷であったらしい。民族はローマに対して不平不満が蔓延してゆき 一触即発危機を孕んで時は過ぎてゆく。その間 ユダヤ教は 神殿派 律法派 荒野の修行派等に分裂し イエス キリストはその内の荒野の修行派に属していた。ユダヤ教の神のもと 荒野で共同生活をして 神に身を捧げるという生き方である。そのうち イエスは神殿派 律法派との確執、対立により 又 ユダという内部告発者によって 紀元30年 ゴルゴタの丘で ローマ軍執政官に磔刑に処せられる。この時の 人間としてのイエスはユダヤ教徒である。


 そして 紀元66年 ユダヤ民族はローマの圧制に対して爆発した。反乱である。これをユダヤ戦争という。その後 圧倒的軍事力を持つローマ軍に対し4年間戦いぬいた末、紀元70年にユダヤ民族は惨憺たる敗北を喫する。その後 英国等の援助、協力を得て 現在のイスラエルを建国する迄 約1900年近く ユダヤ民族は「ディアスポラのユダヤ人」として世界各地を流浪し 点在していたのである。ただ 特記すべきは こんな仕打を受けたにも拘わらず ユダヤ民族は彼等の神「ヤーベ」を信じて疑わず シナゴーグ(教会)を中心に信仰を持ち続けたことは まさに驚嘆に値する。


 日本人には信じ難いことではあるが 少し近い感覚としては 初日の出を拝み 山、海、川等を霊的なものとして信仰の対象としている古神道、及び天皇家崇拝がそれにあたるかもしれない。それは時の権力が如何なるものであろうとも 心の奥深く 不変に精神的よすがとなるものである。この古神道は無意識ながら 21世紀の今日迄 日本人の血に連錦として受け継がれているものと思う。ただ、日本の場合 四方を海に囲繞されている為 外敵の侵略を受ける事が殆んど無かった。蒙古の襲来は 水際で撃退したし、大東亜戦争だけが只一度の そして最大の事件であった。


 この「古神道」は 大化の改新の折、輸入された科学としての仏教に対抗する為 藤原不比等(ふじわら の ふひと)達が「藤原神道」として体系化し、古事記 日本書紀を編纂することとなった。その後 日本の特殊性もあって 「古神道」「藤原神道」を否定しない方向に仏教は発展を遂げ 最終的には 他国の仏教とは異質のものとなっていった。言い方を替えれば2階立の仏教信仰の1階部分は 古神道 藤原神道であり 2階部分が輸入された科学、「仏教」である。そう考えると 本来 霊の存在を完全に否定する仏教によって霊が慰められ 怨霊が鎮魂されるのも首肯できる。


 さて、「ガザ紛争」である。第2次世界大戦終了後の混乱期に 連合国の盟主の一国であったイギリスの多大で、強引な協力によってカナンの地に戻る事が出来たユダヤ民族は1948年 「イスラエル」という国を樹立した。前述したように 民族の悲願がここに叶ったわけである。


 反対に 紀元70年以降 ローマ帝国等々に支配されていたとはいえ、カナン(パレスチナ)に定住し続けたパレスチナ人としては納得がいかない。約1900年の間生活していた土地を 一方的に 軍事力をもって奪われたのである。最近は オスマントルコを中心としたイスラム帝国の支配下にあったとはいえ 既にユダヤの国ではないと思っている。事は簡単ではないのだ。


 イスラム教は 紀元7世紀頃 預言者ムハンマド(マホメット)によって確立した。イスラム教はキリスト教から分化したのだが、大きな違いはイエス キリストを神として認めないことだ。イエス キリストをムハンマドと同様に預言者とする事には吝かではないが、神は唯一偉大な「アラー」であるとする。キリスト教は「エホバ」「イエス キリスト」「聖霊」の三位一体を唯一神と考える。因みにユダヤ教は 矢張り神は唯一であり 「ヤーベ」と呼ぶが 「ヤーベ」は基本的にユダヤ民族のみと契約する。


 「元これ 同根より生ず。相煮る何ぞはなはだ急なる」というのは、三国志において 魏の曹操の後継者である兄弟が争った時、兄である曹丕が弟を糾弾するにあたって、七歩歩く間に詩が作れなければ死を与える、と言い、弟は「七歩の詩」として詠んだものである。豆を煮るのに 豆穀を焚く。兄弟が相剋する事を悲しんだ詩である。ユダヤ教より キリスト教が生まれ、キリスト教が中東の地でイスラム教に分化していった事を考えると、この三大宗教は親子か兄弟の間柄となる。従って 「エルサレム」が三大宗教の聖地であることも不思議ではない。


 序でながら、イスラム教スンニ派はムハンマドを宗祖とするのに対し、シーア派はムハンマドの女婿アリーを宗祖とし、その構成比は スンニ派約90%に対し シーア派は約10%である。そして ガザに居住するイスラム教徒は イラン・イラク南部と同じシーア派に属する。


 さて、それでは何故、ユダヤ民族はカナンの地を奪回出来たのか?実は1900余年の放浪の間、各国に散在したユダヤ民族は軽蔑されたり、市民権を獲得出来ないことが多く、それ故定職に就くことが難しかった。故に 当時は卑しい職業とされた 金融、情報、芸能等々 一般に虚業といわれる商売を民族的提携と団結をもって発展させ 巨万の富を築いていった。その中継基地がシナゴーグ(教会)であり、人材の育成や同民族の救済、支援も行っていた。


 第2次世界大戦中、巨額の戦費に苦慮していた英仏等の国々は その資金をユダヤ民族に求めた。もう お分かりだろう。資金を提供する見返りに イスラエル建国を黙認して貰ったわけである。


 この歴史的経緯に加えて、キリスト教対イスラム教の宗教対立がある。神は唯一、絶対であるが故に 邪教は弾圧し 滅亡させなければならない、というのが根底を流れる教義である。魔女裁判、ベニスの商人、ダンテの神曲等は 邪教を弾劾する歴史的証拠である。有名な十字軍は神の名のもとに 邪教イスラム教を壊滅させる為の遠征軍である。お断りしておくが、これはキリスト教からの見解であり、イスラム教はキリスト教を邪教と信じているのだから厄介な話である。また、昨年起きたインドに於ける「ラシュカレトイバ」による同時多発テロはイスラム教シーア派の一派であるバハーイ教(バーブ教)の原理主義的教えの為せる業である。なんでも 絶対神アラーの為にジハード(聖戦)に身を捧げた者は天国に召され、美しい池とたわわに実る果実のある森に住み、10人から20人の処女を与えられるという。毎日、食うや食わずの若者にとって 何と魅力のある誘いだろうか。


 日本のように 初詣は神社や寺に参り、キリスト教のクリスマスを祝い、儒教の教えを学校で習う民族には理解出来ぬことであるかもしれない。ただ、前述したように日本人のDNAは1階部分に古神道、藤原神道があり、2階部分に仏教、儒教、或いはキリスト教が乗るという特異性がある為、原理主義的、一神教的宗教には馴染まないようである。


 ともあれ、そのような歴史に加えて、一神教の相剋があるガザに於いて いかなる国が仲介に入ろうと 国連が調停しようと簡単に解決できる筈がない。一時的に休戦、或いは停戦したところで、いずれ再び戦火を交えるのは火を見るよりも明らかである。しかもイスラエル軍の強さは中近東では群を抜いており、加えて核爆弾を装備しているのである。


 いや、ただ一つの手段があるかもしれない。信じられぬことに、自国を守る軍隊を持たぬ日本民族が 日本を守る為に大切にし 日夜祈りを捧げている有難い「魔法のお札」がある。大東亜戦争の後、一度の戦争もせず、日本の平和を守り抜いたこの国宝ともいうべき大切な「魔法のお札」を イスラエルとパレスチナの国民に貸与してあげれば如何であろうか?この「魔法のお札」で「ガザ事変」が平和裡に収まるのであれば 世界中の国々から賞賛される事は間違いない。
 
 その有難い「魔法のお札」の別の名は


 「日本国憲法」 という。